「公然の秘密」(安部公房)

「仔象」にはいろいろなものが置き換えられる

「公然の秘密」(安部公房)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
 新潮文庫

「公然の秘密」(安部公房)
(「笑う月」)新潮文庫

汚泥でよどんでいる堀割で、
動くはずのないものが
動いている。
人々は気にもとめず、
気にしていてもしてないような
ふりをしている。
やがて泥の中から
腐敗した仔象が出現する。
存在するはずのないものが
闊歩しはじめたとき…。

自分が今感じている日常は、
もしかしたら次の瞬間には
壊れてしまうものなのかも知れない。
安部公房作品を読むと、
いつもそんな不安にかき立てられます。
本作品もその通りです。
わずか数ページの小品なのですが、
インパクトは抜群です。

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腐った仔象は
「あってはならない事実」を
表しているのだと考えます。
人はその存在を薄々知りながら、
そこから無理に
目を背けようとするのです。

「あそこに象がいることは、
 誰もが知っていた。
 いわば公然の秘密でしたね。
 しかし、いないも同然だと
 信じていたからこそ、
 許せもしたんだ。」
「いるはずのないものが、
 いたって、いないも同然でしょう。」
「しかし、存在しないものは、
 存在すべきではない」
「腐りきるまで、
 あの中でじっと待っていてくれりゃ
 よかったのに…」

そして「あってはならない事実」を
目の当たりにしてしまったときの反応は
実に残酷なのです。
「ぼくらの間には、
 しだいに殺気が
 みなぎりはじめていた。
 当然だろう、弱者への愛には、
 いつだって殺意が込められている。」
「やがて仔象は、古新聞のように
 燃え上がり、燃えつきた。」

この「仔象」には
いろいろなものが置き換え可能です。
「ハンセン氏病で
いわれなき差別を受けた方々」
「エイズで苦しむ方々」
「同性愛者」
「貧困層」
「放射能汚染により避難を
余儀なくされた方々」…。
1975年の作品であり、
安部公房はそれらを
予見したわけではないのでしょうが、
あまりにも当てはまるものが多い
現代の日本社会です。

今現在、最も当てはまるのは
「コロナの惨状」でしょうか。
永田町では
こんな台詞が飛び交っていそうです。
「あんなふうに感染が広がることは、
誰もが知っていた」
「広がらないと信じていたからこそ、
許せもしたんだ」
「沈静化するまでじっと
待っていてくれりゃよかったのに」。
冬の寒冷期に感染が拡大することは
素人でも予想できたはずなのですが、
政治の世界ではそれは
「公然の秘密」だったのでしょうか。

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なお、本作は、
もともと短編集「笑う月」に収められた
作品です。
安部公房自身が見た夢を書き留めた
17編からなる作品集です。
「笑う月」を読んだとき以上に、
一作品だけ切り取って
読んだときの方が、
そこに秘められたものが
より大きく感じらたのは意外でした。

「日本文学100年の名作第7巻」
 収録作品一覧

1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979| 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981| 向田邦子
1982| 竹西寛子

(2021.1.31)

LIMAT MD ARIFによるPixabayからの画像

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