「素の谷崎」がふんだんに盛り込まれている
「悪魔」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅠ」)中公文庫
神経衰弱の傾向のある佐伯は、
東京の大学に通うために上京し、
叔母の家に住むことになる。
彼は人混みが嫌いで
部屋に閉じこもりがちだった。
同居している従妹・照子の
発達した四肢を見るたび、
佐伯は妄想に
襲われるようになり…。
谷崎初期の短篇です。
初期の谷崎作品は
本当に面白いものばかりです。
谷崎といえば「細雪」に代表される
日本古来の伝統美に裏打ちされた
重厚な作品を書いているかのように
感じられるのですが、
それは谷崎が京都へ移転してからの
ものなのです。
東京時代の作品には、
「素の谷崎」がそのまま作品に
現れているものが多いのです。
本作品に現れている「素の谷崎」①
強迫観念、もしくは精神過敏
人混みが嫌い。
そういう人間は
少なからずいるのですが、
佐伯の場合は異常です。
冒頭の状況のための列車内の描写は
精神障害ともいえる状態です。
さらには書生の
鈴木(照子を愛している)に
殺されるかも知れない、
照子が自分に迫ってくるかも知れない、
まさに強迫観念の連続です。
以前取り上げた「病蓐の幻想」の主人公も
大地震に襲われる幻想に取り憑かれ、
精神を蝕まれていきます。
そうした強迫観念こそ、
初期谷崎の精神の
根底に巣くうものであり、
谷崎の「素の」部分だと
考えられるのです。
本作品に現れている「素の谷崎」②
女性崇拝、それとも自虐趣味
若くて美人な照子が、
自分に好意的に
接してくるにもかかわらず、
佐伯はそれを
なんとか避けようとするのです。
これが好機とばかりに
積極的な手段に出ようとも、
またそれを考えようともしていません。
それは女性をあがめ奉る「女性崇拝」か、
それと表裏一体ともいえる
「自虐趣味」か。
「女性崇拝」は処女作「刺青」で
すでに開花していますし、
「自虐趣味」は「幇間」「飈風」などで
顕著です。
本作品に現れている「素の谷崎」③
異常性癖、あるいは性的倒錯
本作品の最大の特徴は
終末部分に現れます。
佐伯は照子が落としていった手巾
(それも洟をかんだ後のもの)を使って
性的興奮を得ているのです。
「くちゃくちゃになった
冷めたい布を、
ぬるぬると擦って見たり
ぴしゃりと頬ぺたへ
叩き付けたりして居たが、
しまいに顰めッ面をして、
犬のようにぺろぺろと舐め始めた。」
こうした異常性癖は
「少年」などにも見られるのですが、
本作品の場合はそれが
「変態」の領域まで進行しています。
こうした「素の谷崎」がふんだんに
盛り込まれている作品なのですが、
筋書きがいささか
中途半端に終わっている感が拭えず、
同時期の「刺青」「少年」「秘密」に比べて
知名度は今ひとつでした。
ところが三年前の
マニアックな映画化により、
今後再評価される兆しが見られます。
危険な初期の谷崎作品、
怖いもの見たさにいかがでしょうか。
※映画は観ていませんが、
ネットで内容を確認する限り、
原作とはかなり異なる作品に
仕上がっているようです。
(2021.2.6)