少しずつ雪が融けるように親子になっていく二人
「東北の女」(耕治人)
(「百年文庫025 雪」)ポプラ社
能代に住む義姉の艶子が
娘の幸子を連れて来るという。
幸子をもらいたいという約束を
確かにしていた。
だが、自分の住むアパートは
落ちぶれた住まい。
妻と「自分」が食べていくだけで
精一杯。
幸子を引き取るのは、
今は難しい…。
子どものない夫婦が、
身内から養子をもらい受ける。
かつてはそうした例が
数多くありました。
主人公夫妻にも子どもがなく、
幸子をもらう約束をしていたのが
延び延びになっていたのです。
ところが義姉の家では
息子三人を学校に入れるのが
難しくなってきたのです。
一方で「自分」たち夫婦の暮らしも
困窮を極めています。
1947年(昭和22年)発表の作品ですから、
戦前戦中の生活難の時代背景です。
養子となる幸子。
幼い子どもかと思っていましたが、
読み進めるとなんと十四歳です。
中学校二年生で、
それまで暮らしてきた家を離れ、
貧乏暮らしの叔父叔母夫婦に
引き取られる。
本来多感な時期であるはずなのに、
つらい顔一つせず、
一緒に生活を始める。
子どもながらに、
相当な覚悟をしてきたのでしょう。
妻芳子。
「何とかなる」と割り切って考えられる、
強い女性です。
姉の性格も生活も
知り尽くしているから、
幸子を引き取るのが
最善であり当然であると考えています。
不安を抱えている夫を、
上手に支えているようすが
描かれています。
そして「自分」。
文筆業の稼ぎが少ないこと、
家を売り払って
アパート住まいをしていること、
三十六歳になっても
子どもができないこと、
そうした諸々に引け目を感じ、
自信が持てないでいるのです。
望んでいた子どもを持つことができる、
でも先々のことを考えると
踏み切れない。
そんな逡巡を重ねているのです。
義姉と妻に押し切られる形で始まった
三人の生活。
当然、さらに困窮するのですが、
「自分」の気持ちには
逆に平穏がもたらされます。
「自分の着物はツギがあたったいる、
カラーは切れ、
ワイシャツは弱っている、
靴には穴が開いている。
以前の自分だったら
到底我慢出来ないところだ。」
「自分」が病気になっても、
妻と幸子は気を重くすることもなく、
狭い三畳間の中で
普段と変わらないように過ごします。
「病床から起き上がると、
自分の気持ちは
洗い落とされたようであった。
何か皮がむけた気がした。」
その後、「自分」は幸子と二人だけで
能代に正月をしにいくようになります。
劇的な出来事はありません。
少しずつ雪が融けるように
親子になっていく
「自分」と幸子が描かれているのです。
まだまだ寒い冬の夜に、
心温まる小説はいかがでしょうか。
※標題の「東北の女」から考えると、
本作品は艶子、芳子、幸子の
物静かでありながらも
芯の強い女性のしたたかな生き方を
主題としたものと考えられます。
(2021.2.10)