「春になったら苺を摘みに」(梨木香歩)

描かれているのは、人と人との繋がり

「春になったら苺を摘みに」
(梨木香歩)新潮文庫

二十年前英国留学中の「私」が
下宿していたウェスト夫人は、
博愛精神の女性だった。
異国人はもとより、
思想信条の異なる人間、
さらには犯罪歴のある人間まで
受け入れる。
「理解はできないが受け入れる」
それが彼女の信念だった…。

このような「粗筋」を
いつものように冒頭に付しましたが、
本作品は小説ではなく随筆です。
しかし全編が
このウェスト夫人を巡る回想と
筆者・梨木の思索の旅であり、
まるで連作の短編詩小説集を
読んでいるような錯覚に陥ります。

ここに現れるのは、
ウェスト夫人を中心とした、
人と人との繋がりです。
「粗筋」に記したとおり、
彼女は困難を抱えている人間を、
その出自や思想、性別、経歴、
肌の色などによる区別を一切つけず、
下宿人として受け入れます。
近所づきあいでさえも同様です。
町中から嫌われてしまった隣人をも
見捨てることができないのです。

しかし、人と人が繋がることには
面倒が伴います。
彼女自身、悲しい思いもするし、
不快な感情を抱えることにもなります。
それでも繋がろうとする、
繋がらなければいけないと考える、
人間としての在り方に、
梨木は何かを感じ取ったのでしょう。

最終章
「最近のウェスト夫人の手紙から」では、
アメリカの同時多発テロ、
そして米軍の
アフガニスタン空爆について、
夫人が心を痛めている様子が
綴られています。

世界情勢に目を向ければ、
「分断」のニュースばかりが
飛び込んでくる昨今です。
二十一世紀に入り、
世界は一つになるどころか、
ますます人と人との繋がりが
「分断」されつつあるように
感じられます。
大統領選挙が鮮明にした
米国民の分断、
香港・ウイグル族政策に見られる
中国政府による抑圧・弾圧、
クーデターによる
ミャンマーの軍部の台頭、…。
思想の違い、
宗教の違い、
価値観の違い、
民族の違い、
そうした「違い」を、
私たち人間は乗り越えようと
努力してきたのではなかったのか。
むなしい気持ちにさせらる
今日この頃です。

本書の出版は2002年。
かれこれ「二昔前」の作品です。
しかし現代ほど
本書に織り込まれている
筆者のメッセージが
鮮烈に感じられる時代は
ないのではないでしょうか。

リアル書店に脚を運べば、
タレントの著したエッセイが
平積みにされているのを見かけますが、
そのような軽薄なものではありません。
伝えたいという強い思いがあり、
確固とした思想があり、
しかしそれを直裁的ではなく、
どこまでも穏やかに
編み上げているのです。
そしてそれは美しい日本語によって
裏打ちされてもいるのです。
多くの方にお薦めしたい、
梨木香歩の一作目の随筆です。

(2021.2.16)

AllNikArtによるPixabayからの画像

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