現代の映し鏡としての本作品の構造
「洪水」(安部公房)(「壁」)新潮文庫
天文学者が望遠鏡で街を見ると、
労働者が
突然液化するのが見えた。
学者は世界に向けて
大洪水の到来を予言する。
その言葉通り、
労働者や囚人、農民などが
次々に液化し始める。
その「液体」には科学的法則は
全く通用しなかった…。
安部公房得意の変身ものです。
本作品では多くの人間が
「水」に変化します。
しかしそれは
単なる「水」ではありません。
「液体人間」と
途中から記されている以上、
意志を持った生物と
考えるべきでしょう。
もちろん安部作品ですから、
単なるパニック小説であるはずがなく、
何かの「寓話」でなければなりません。
いくつかの文献を参照すると、
本作品(1950年発表)は
共産主義的な革命を
モチーフにしているという
指摘が見つかりました。
安部がこの時期、共産党に
入党したことを考え合わせると、
そうした解釈が成り立つことは
十分納得できます。
しかし終末思想が見える本作品の場合、
現代と照らし合わせて考えることも
有効だと思うのです。
本作品はまさに、
現代の映し鏡としての
機能を備えています。
現代の映し鏡としての本作品の構造①
富める者と貧しい者の分断
液化するのは
労働者をはじめとした貧しい人間。
そして液体に溺死するのは
経営者や政治家など富める人間。
本作品の構造は、
被支配者層が
それまでとは全く異なった方法で
支配者階級に反乱を企て、
世界を転覆させる物語なのです。
本作品が発表されて数年後には
「一億総中流」といわれるように、
世の中が豊かになり、
貧富の格差が目立たなくなった
(無くなったわけではなかったが)時代が
訪れました。
それが現代では「格差社会」と呼ばれ、
貧富の格差が歴然としてきています。
まさに本作品の世界の
到来する前夜のような様相です。
現代の映し鏡としての本作品の構造②
ネットによる民衆の力の結合
液体人間たちはそれぞれが
自分の意志で活動しながらも、
お互いが自由に結合し、
大きな容積をもって
旧世界を飲み込んでいきます。
それはあたかも
ネットによってつながっていく
現代の民衆の結合とよく似ています。
この点についても、本作品発表後、
学生運動という一つのムーヴメントが
起こりましたが、
それは極めて局所的
(地域的にも世代的にも)でした。
しかし現代は全世界の民衆が
連帯することも可能です。
現代の映し鏡としての本作品の構造③
新しい世界への展望
物語は新しい世界の胎動を告げて
幕を閉じます。
液体人間には
科学的法則が全く通用しない、
つまり新時代の「革命」は、
従来の価値観や思想、
常識や道徳を脱却し、
新しい価値観、
新しい思想、
新しい常識、
新しい道徳をもって訪れ、
新世界を構築することを
予言しているかのようです。
さて、世界を見渡すと、
そうした民衆の動きが出ては
壁に阻まれ後退し、
再び動き始めるという流れを
繰り返しています。
本作品のように、
民衆の力が世界を
飲み込む日が来るのはいつの日か。
私も「液化」するための
準備をしておきたいと思います。
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