「厚物咲」(中山義秀)①

片野老人に見る「菊づくり」という芸術と生き方

「厚物咲」(中山義秀)
(「日本文学100年の名作第3巻」)
 新潮文庫

吝嗇家の片野は菊の栽培について
人並み外れた腕を持っていた。
若い頃からの友人・瀬谷は、
その秘密が気になり、
片野の家に押しかける。
だが、その陋屋の中で
片野は縊死しており、
傍らには見事な菊の厚物咲が
横たわっていた…。

本作品に登場する二人の老人、
片野と瀬谷。
主人公は明らかに片野であり、
瀬谷は語り部(三人称で書かれて
あるものの)です。
では、片野とはどんな人物か?

片野は極めて貪欲です。
彼は瀬谷を出し抜いて
金鉱を独り占めし、
売主の女性とも関係を結んでいました
(もっともその金鉱譲渡は詐欺であり、
彼は大金を失ってしまうのですが)。
また、妻を亡くしてからも
親子ほど年の違う女と
同棲生活を始めています
(一年後には逃げられているのですが)。

片野は人生に「失敗」しています。
財産の多くを詐欺で失い、
東京でさらに零落し、
長男を失っています。
帰郷してからは妻を失い、
その後同棲した若い女には逃げられ、
さらには次男に家出をされています。
その結果、
小屋のような貧しい家で一人暮らしを
せざるを得なくなっているのです。

片野は
他人に対する思いに欠けています。
病弱な妻に
十分な食事を与えずに死なせ、
六十年来の友である瀬谷には
金を無心に来るのです。
さらには瀬谷の顧客である
未亡人につきまとう始末です。
他人のことなどお構いなしです。

片野は片意地を張って生きてきました。
幼い頃、逡巡する父母の思惑をよそに、
彼は片意地を張って
養家へと貰われていきました。
亡くなった妻の隠し財産を巡り、
取り返すために相手宅に
何日でも居座り続けます。
そして未亡人への恋情についても、
それが叶わぬとみるや
意地を張って「焦がれ死に」するのです。

本作品に現れている片野老人の人間性を
このように整理してみると、
やはりいろいろなものが
欠けているとしか思えません。
しかし、
「多くのものが欠けている」とき、
えてして「ある一部分が
突出している」ことはよくあることです。
彼の場合はそれが
菊づくりだったのでしょうか。
片野の遺体の傍らに転がっていた
厚物咲の傑作に、瀬谷は驚嘆します。
「日本のあらゆる花卉の中で
 菊ぐらい人工の限りを致し
 それだけまた作り人の心を
 柔軟に発揮する物はない。
 若しこれが片野の心をさながらに
 写しいだしたものだとすれば
 まさに奇蹟だった。」

菊づくりは、おそらく芸術の世界に
相通じるものがあるのでしょう。
失われたものが大きく、
それに注ぎ込んだ思いが大きいほど、
大輪の花を咲かせるのかも知れません。
だからといってそうした生き方を
「是」とするかどうか。

短篇でありながら、
何度読んでも慄然とさせられる鋭さと、
過度の充足感を感じさせる重さとを
併せ持つ大作です。
中山義秀。
その著作の多くが
絶版状態となっていますが、
決して忘れ去ってはいけない
作家の一人です。

(2021.2.21)

Marjon Besteman-HornによるPixabayからの画像

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