「弁護美人」(梅の家かほる)

百二十年前の少年少女になりきって

「弁護美人」(梅の家かほる)
(「明治探偵冒険小説集4」)ちくま文庫

雪太郎との結婚を
翌日に控えた春枝は、
新聞を見て驚く。
朋友の光次郎が
殺人の疑いで逮捕され、
明日公判を迎えるというのだ。
実は春枝と光次郎は、
事件のその夜、
駆け落ちの道すがら、
殺害されたその婦人に
出会っていたのだ…。

一篇目の露伴「あやしなや」
先日取り上げた本作品集、
明治の探偵小説冒険小説を集め、
副題に「露伴から谷崎まで」と
ありますので、次はどんな文豪が
登場するのかと思えば、
二篇目の作家は梅の家かほる。
一体誰?
本書の作者紹介には「生没年不詳」
「硯友社派の作家であるが詳細は不明」。
謎だらけの作家です。
まずは登場人物から。

【主要登場人物一覧】
梅若春枝
…深窓の令嬢。
 幼くして父母が逝き、
 祖母に育てられる。
玉置光次郎
…春枝に思いを寄せ、
 駆け落ちを持ちかける。
松野雪太郎
…春枝の許嫁。
 英国留学から帰国。
錐島てる
…夫より虐待され、命を落とす。
 その嫌疑が光次郎にかかる。

読み終えると
筋書きは至って簡単でした。
無実の罪で捕らえられた光次郎は、
真実を話せば
結婚が決まった春枝に迷惑がかかる、
甘んじて刑に処せられる覚悟。
それを見抜いた春枝は、
婚礼をなげうって証人として立つべく
裁判所へ駆けつけるというものです。

その読み切れてしまうはずの
筋書きなのですが、
作者は丁寧に説明しようとしすぎて、
かえって展開の見通しがつかないという
「効果」を生んでいます。
何かに連載されたものらしく、
第一回から第十五回までの
章立てが成されていますが、
第一回を読む限り甘ったるい
恋愛小説にしか感じられません。
第二回から第三回に賭けて
錐島てるが登場し、
事件を予感させるのですが、
その後何事もなく、
その一方で春枝と雪太郎の
婚約が沸き起こり、
第十回でようやく冒頭粗筋の
新聞記事の場面に到達します。
十一十二回で春枝は見事に
光次郎を救出しますが、
その後の第十三回からは
予想外の展開となり、
結末は一体どうなるのかと
はらはらさせられます。

十分楽しく読むことができました。
探偵や冒険といった娯楽小説の
黎明期に書かれた作品ですので、
作品としての完成度には
目をつむりましょう。
おそらく当時の読み手は
心を躍らせて本作品を
読んだであろうと考えられます。
私たちも百二十年前の少年少女に
なりきって本作品を味わいましょう。

※文体は次の二点でやや読みにくさを
 感じるかも知れません。

①見慣れない漢字、
 聞き慣れない四字熟語が頻出する。
「頃しも春の弥生半、
 花咲く樹々の梢は交乱れて
 羽翅美麗しき小鳥の戯れ場所となり
 山水の景物は霞の中に濃かなりて
 まさにこれ緋花緑水に浮かび
 黄鳥高枝に鳴くの時節。」

 (冒頭の一文)

②会話文に「エー」「マー」といった
 無意味な「つなぎ言葉」が
 挿入されている。
「ネー春枝さん
 マー僕と一同(いっしょ)に
 往ってみるだけでも
 見て来ちゃアどうです。
 エー春枝さん
 往ってごらんなさいナ。」

 (光次郎の台詞)

※「弁護美人」という表題にも
 違和感を感じますが、この作家、
 ほかにも「決闘美人」「薄皮美人」
 「鬼美人」「大蛇美人」など
 美人と名のつく作品を
 書いていたのだとか。
 ぜひ読んでみたいのですが、
 探すのは難しそうです。

(2021.2.22)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

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