「生命保険」(黒岩涙香)

日本の生命保険普及拡大の牽引役となったのか?

生命保険」(黒岩涙香)
(「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」)論創社

「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」

「生命保険」(黒岩涙香)
(「明治探偵冒険小説集1 黒岩涙香集」)
 ちくま文庫

「明治探偵冒険小説集1 黒岩涙香集」

夏子は
交際している画家・堀川から、
衝撃的な話を聞く。
なんと夏子の亡くなった父親と、
堀川の
行方不明となっている叔父が
入れ替わっているのだという。
夏子はすでに父親の保険金の
一割にあたる一万磅を
受け取っていた。
真実は…。

昨日取り上げた
「明治探偵冒険小説集1」に
収録されている
黒岩涙香の短篇作品です。
こちらも「幽霊塔」同様の翻案作品です。
フランスの作家・ボアゴベによる
「執念」が原作となっているとのこと。
こちらも舞台は英国、
しかし人物名は日本人名への置き換え。
「幽霊塔」で慣れてしまえば
違和感はありません。
まずは登場人物一覧を。

【主要登場人物一覧】
枯田夏子
…継母になじめず家を出て
 住み込みの家庭教師となる。
枯田健造
…夏子の父。
継母
…夏子の継母。
堀川碧水
…夏子の奉公先に出入りする画家。
 夏子と親しくなる。
堀川堀江
…碧水の叔父。行方不明となる。

表題が表すとおり、保険金が素材です。
ただし筋書きは
本格的な「謎解きもの」ではありません。
替え玉死体による
保険金詐欺なのですが、
事件後僅か半年足らずで素人の調査、
それも死亡時の鑑定医に
健造と堀江の写真を
確認してもらうだけで
発覚してしまうのですから、
推理小説として成立していないのです。

しかも犯行には計画性がなく、
その場の思いつきで
実行されたものであることや、
その死因が病死ではなく
毒殺であった可能性が
最後に述べられるなど、
作品の構造は、
とても探偵小説としての
体を成していません。

さらには替え玉で殺された本人にも
同じ会社の同じ金額の
生命保険がかけられていたため、
保険会社は
返金を求めないという結末です。
現代であれば
重大事件となるはずのものですが、
なんともはや
大らかな設定となっています。
犯罪小説にもなり得ていないのです。

さて、本作品発表は明治23年(1890年)。
明治の時代に
生命保険などあったのか?と思い
調べてみると、ありました。
実は本作品発表の九年前にあたる
明治14年に、日本初の生命保険会社
(明治生命)が誕生していたのです。
しかしながら明治23年段階では
計4社の保険会社によって
2万3千件の契約しか
成されていないのです。
これは現在の業界全体の契約数
1億8千万件に比較すると
微々たるものであり、
本作品発表年段階では、
生命保険など日本では
十分に浸透していなかったのです。

現代の小説においては
ちっとも珍しくないのですが、
「保険金殺人」とは、当時としては
かなり新鮮な素材だったはずです。
涙香自身、本来それがどういうものか
十分に理解できないまま、
「肉親の死後に突然お金がもらえる」と
いう点のみを強調させ、
一つの感動物語として
完成させたのかも知れません。

その10年後の明治33年の資料を見ると、
生命保険を扱う会社数は
23年時の約10倍の43社、
契約数は約20倍の80万件にも
急拡大しています。
もしかしたら本作品が、
日本の生命保険普及拡大の
牽引役となったのか?

いやいや、
そんなことはないのでしょうが、
時代背景をあわせて考えると、
十分面白く読める作品です。

(2021.2.24)

Frauke FeindによるPixabayからの画像

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