「清貧の書」(林芙美子)

肉食系女子の林と草食系男子の緑敏

「清貧の書」(林芙美子)
(「風琴と魚の町・清貧の書」)新潮文庫

東京へ来て
四年になる「私」は、すでに
三人の男の妻になっていた。
二人目の夫はよく「私」を殴った。
今の三人目の夫・与一は、
平凡で誇張のない男であり、
「私」に暴力などふるわない。
でも、与一は絵描きであり、
生活が苦しかった…。

以前取り上げた「耳輪のついた馬」は、
林芙美子の生い立ちから
成人までが反映されているのですが、
本作品はその後、
三人目の夫と落ち着くまでのいきさつを
下敷きにした私小説です。
当然、この三人目の夫・与一のモデルが
林の夫で画家の手塚緑敏となります。
緑敏は実直で、妻である林の執筆を
助ける人だったそうです。

ここでも林は貧乏を素材にして、
虚実取り混ぜながら、
己の生活を暴露していきます。
貯金箱を割って小銭を取り出しても
銅貨しか入っていない、
着物の帯も質入れして
紐で前を合わせる、等々。
「何か食べたい。
 …赤飯に志那蕎麦、
 大福餅にうどん、
 そんな拾銭で食べられそうなものを
 楽しみに空想して」
いるのですから
大変なものだったのでしょう。

面白いのは常に冷静な、というよりも
呑気な、夫与一です。

売れない画家で稼ぎがないのに、
身の丈以上の生活をしようと
背伸びをします。
家賃月八円の家から十七円の家へと
引っ越します。
「かまうもンか、
 いい仕事がみつかれば
 そんなにビクビクする事もないよ」
「貴郎(あなた)はまだ私より他に、
 女のひとと所帯を持った事が
 ないからですよ。」
「フフン、
 君はなかなか経験家だからね。」

そうして引っ越してみると、家賃の割に
つくりは粗雑な家屋とわかります。
「東京中探しても、
 こんな良い所は無いだろうね」
「だけど、外から見ると、
 この家の主人は
 何者と判断するでしょうね」
「こんな
 肩のはらない家と云うものは、
 そう探したって
 あるもンじゃないよ」

貧乏にたくましく立ち向かっていく
「私」(=林)と、
貧乏をどこ吹く風と受け流す
与一(=緑敏)。
今風なたとえをするならば、
肉食系女子の林と草食系男子の緑敏。
だからこそ、三度目の結婚は
うまくいったのでしょう。

緑敏の内助の功があったのか、
その後、林の書いた「放浪記」が
売れに売れ、貧乏とは決別、
今は林芙美子記念館となっている
立派な邸宅を、二人は構えるのでした。

(2021.3.6)

【青空文庫】
「清貧の書」(林芙美子)

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