怪しげなものが生き生きとしていた明治という時代
「幻談」(幸田露伴)
(「日本文学100年の名作第3巻」)
新潮文庫
「幻談」(幸田露伴)
(「百年文庫012 釣」)ポプラ社
二日続けて
あたりの出なかった釣り客は、
終いには竿まで
失う羽目になってしまう。
その帰途、客と船頭は
海面から細長いものが
上下するのを見つける。
近づいてみると
それは上物の釣竿だった。
その釣竿を
引き上げようとすると…。
申し訳ありません。
こんなあらすじでは
どんな小説かわからないでしょう。
「実はその竿は
水死体が握っていて…」という
怪談の類いです。
でも、ハーンのように
妖怪が出てくるわけでもなく、
鏡花のように
魔物が出てくるわけでもなく、
岡本綺堂のように
妖しい世界でもありません。
幸田露伴の本作品は、
「最後にちょっとだけ
背筋が寒くなる」といったあたりです。
ぜひ読んでお確かめください。
さて、本作品は
純粋な怪談ものではありません。
したがってその最後の落ちが
読みどころではないのです。
本作品の読みどころは
まず第一に日本語です。
日本語を味わうべき作品なのです。
幅広い教養と豊富な語彙に支えられた
正確で美しい日本語。
それが講談調の語り口をもって
流麗に文章として綴られていきます。
だから途中の釣に関わる蘊蓄話も
まったく退屈しません。
この日本語の素晴らしさは
本作品に限ったことではなく、
露伴作品すべてに
いえることなのですが。
そして第二は特殊な作品構成です。
大きく二部に分かれ、
前半は山の不思議話、
後半は海の怪奇譚となっているのです。
山の話も海の譚も
最後に不思議なものを
当事者が目撃して終わります。
両者はそのこと以外、
一見無関係に見えるのですが、
絶妙な関連づけが行われています。
海の譚では、釣り糸を
次第に細くなるようにして編むと、
強すぎるあたりがあったとき、
竿が折れる前に糸が切れ、
竿は折れずにすむという
逸話を挿入しています。
山の話では、
マッターホルン登頂に成功した
登山家一行八名が
下山途中で遭難した際、
銘々の体を繋いでいたロープが切れ、
四人が崖に転落、
残る四人が助かった話を
取り上げています。
登山と下山で隊列の順序を変え、
最後に下山するようにした隊長が
助かっているのですが、
それままさに糸が切れて
竿を守ることから
示唆される仕組みになっているのです。
明治の文豪・幸田露伴にも、
このような怪しげなものを扱った作品が
いくつかあります。
ハーンといい鏡花といい
岡本綺堂といい幸田露伴といい、
明治という時代はまだ
怪しげなものや妖しげなものが
生き生きとしていた時代なのでしょう。
(2021.3.7)
【青空文庫】
「幻談」(幸田露伴)