活版印刷によって形を与えられる「願い」
「活版印刷三日月堂 星たちの栞」
(ほしおさなえ)ポプラ文庫
五年ぶりに動かしたという
印刷機は、
ハルの望む封筒を刷り上げた。
かつて両親から贈られた
レターセットは
ここでつくられたのだ。
息子・森太郎の進学祝いに
同じように贈りたい。ハルは
三日月堂の若い店主・弓子に
製作を依頼する…。
活字を一つ一つ並べて版を組み、
インキをつけて刷り上げる活版印刷。
かつては否定されていた、
できあがりの凹凸感、
にじみや揺らぎ、インキの匂い。
それらが見直されつつあるといいます。
そうした活版印刷所を
舞台とした作品であり、
ベストセラーとなっている本書を、
ようやく今、読みました。
四話構成の
連作短篇集の形をとっています。
全体の主人公は活版印刷
三日月堂の店主・弓子なのですが、
各話では彼女は脇役に徹しています。
それぞれの主人公であり
語り手となっているのは
その三日月堂への依頼主たちなのです。
そしてその依頼主が次の依頼主を
三日月堂へ結びつけるという
凝ったつくりになっています。
本作品の読みどころ①
活版印刷によって形を与えられる
依頼主の「願い」
四人の依頼主が現れるのですが、
どのようなものをつくってほしいのか、
その「願い」はそれぞれ
はっきりとはしていないのです。
その依頼主の心の奥にある「願い」を
丹念にすくい上げるようにして
弓子は印刷物という
「形あるもの」にしていくのです。
それによって依頼主の心の中で
縺れ合っていたものが
静かにほぐれていくとともに、
弓子にも何らかの作用を
もたらしているのです。
本作品の読みどころ②
一歩引いた主人公・弓子の魅力
第一話でハルの前に登場して以降、
主人公でありながらも
一つ奥に引っ込んでいるような存在の
弓子ですが、
依頼主との共同作業により、
その魅力が浮き上がってくる
仕組みになっています。
依頼主に寄り添う熱心な仕事ぶり、
穏やかにかつ的確に助言をしていく
人間としての魅力、
垣間見せる彼女の抱えているものの謎、
そして各話ごとに人間関係を
広げていく仕事人としての成長、
そうしたものが魅力的な主人公の像を
創り上げているのです。
第四話では彼女自身が
抱えていたもの(の一部)についても
明らかにされます。
本作品の読みどころ③
ところどころに現れる活版印刷の蘊蓄
各話にさりげなく挿入されている
活版印刷のあれこれは、
私たちに活版印刷の魅力を
伝えてくれます。
パソコンの時代となり、
美しいできあがりの印刷物が、
安価で簡単にできるようになった反面、
均質で無個性なものばかりがあるれる
世の中になってしまいました。
かつては当たり前だった活版印刷が
どのような作業を経て、
人々の思いを
形あるものに変えていったか、
読み手が自然と
習得できるようになっています。
作者の活版印刷熱が伝わってきます。
素敵な作品に出会うことができました。
ラノベ風の表紙画に
いままで引いていたのですが、
読み終えると爽やかな気持ちで
いっぱいになりました。
本編は第四巻、
加えて番外編二巻が既出のこと。
急いで次を買わなければ。
(2021.3.10)