中学校図書室の本を介しての文通
「サクラ咲く」(辻村深月)光文社文庫
マチが図書室から借りた本に
挟まっていた「サクラチル」の
細長い紙。
それは数日後に借りた
別の本からも見つかる。
今度は「人にはそれぞれ、
向き不向きがあると思う」。
マチはそれに返事を書く。
見知らぬ相手との
文通が始まるが…。
中学校の図書室の本に挟まれてあった
紙切れから始まった
メッセージのやりとり。
マチが「私もそう思う」と書いて
返事を挟んだことから、
悩みを抱えているであろう
「級友の誰か」との文通が始まるのです。
中学生向けに書かれた
作品なのでしょうが、
五十を過ぎた私ですら
心がときめきました。
本作品の面白さの一つは、
謎解きの要素があることです。
その短いメッセージを書いたのは、
マチと同じ一年五組の生徒らしく、
その本を借りていた
仲良しのみなみのようでもあり、
筆跡は同じ科学部の
泰人のようでもあり。
相手は誰なのか、
途中で読み手も気づけるように
うまくつくられています。
ぜひ読んで確かめてみてください。
二つめは、その文通の
仲立ちをしている図書館の本が
そのまま中学生への
読書案内となっていることです。
リザ・テツナー「黒い兄弟」からはじまり、
ウェブスター「続あしながおじさん」、
エンデ「はてしない物語」、
ハインライン「夏への扉」、
ルイス「ナルニア国ものがたり」と
続きます。
本作品を読んだ中学生が、
こうした一連の名作に
興味を持つとすれば
素晴らしいことだと思います。
そして三つめは、主人公・マチの
「成長物語」「友情物語」「初恋物語」が
上手に編み込まれていることです。
消極的な自分にコンプレックスを
持っていたマチ自身が
少しずつ変容していくのとともに、
自分で気付かなかった「自分の良さ」を、
友達から認めてもらうことにより
自覚していくのです。
それとともに、
マチもまた不登校の級友・紙音の
閉ざされた心を
次第に融かしていくのです。
自分に対して自信を持てない子どもは
意外に多いのです。
私も中学生を見ていて
感じているのですが、
現代の子どもたちは
自己肯定感が低いのです。
そうした子どもたちにとって、
本書は新しい自分発見のための
心強い導きとなるのではないかと
思うのです。
「顔の見えない相手とのやりとり」は、
SNS上では危険この上ないのですが、
このように学校の図書室の
本を介してのものであれば
健全かつロマンチックです。
中学校一年生の朝読書に、
ぜひお薦めしたい一冊です。
※本書には他に二篇
「約束の場所、約束の時間」
「世界で一番美しい宝石」が
収録されていて、
三篇が非情に緩やかな繋がりを持つ
「連作」のような形となっています。
「サクラ咲く」とは趣が異なり、
それぞれ一作だけでは
魅力に乏しいのですが、
「非情に緩やかな繋がり」が
効果を発揮している
面白いつくりになっています。
武宮の隣の席になった
転校生の悠は、病弱そうで色白。
放課後に裏山の
立ち入り禁止区域へと
侵入したのを
武宮に目撃された悠は、
驚いた拍子に持っていた
ゲームソフトを落としていく。
それは遠い未来で
発売されたものだった…。
「約束の場所、約束の時間」
映画同好会の一平は、
コンクールに出品する映画の
主役として、
「図書館の君」と呼ばれている
先輩・立花亜麻里に
出演交渉する。
断られても果敢に懇願を
繰り返す一平に彼女は、
名前も知らない「ある本」を
探し出したら考えるという…。
「世界で一番美しい宝石」
(2021.3.11)
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