決して色褪せない、タイムトラベルSFの嚆矢
「夏への扉」
(ハインライン/福島正実訳)
ハヤカワ文庫
親友で共同経営者のマイルズ、
そして婚約者のベルに裏切られ、
発明までも
盗み取られてしまった「ぼく」。
一矢報いるつもりで
乗り込んだものの、
逆に意識を奪われ、30年間
冷凍保存されることになる。
未来で「ぼく」の見たものは…。
タイムトラベルSFなど、
古今東西にあまたあるのですが、
本作品はその嚆矢ともいえる作品です。
50年以上前の1956年発表であり、
かつその当時に1970年という
「近未来」を舞台とし、
そこから2000年という
「未来」へと時間移動する
男の物語であるため、
2021年の私たちからすれば
いささか(というより、かなり)
「古典的」に感じる部分は多々あります。
しかしそれを差し引いても
まだ「古い」と思わせない魅力が、
本作品には充溢しているのです。
本作品の味わいどころ①
2つの方法でのタイムトラベル
冒頭で語られるのは、
人間を長期間冷凍保存し、
現在の年齢のまま未来で生活を
再開できるシステムです。
主人公・ダン(「ぼく」)は
この冷凍保存器に入れられ、
30年眠らせられるのです。
これは厳密には
タイムトラベルでも何でもありません。
しかし後半、
もう一つの方法が提示され、
彼は実際に「タイムトラベル」を
実行してしまいます。
2つの方法での
タイムトラベルが登場し、
それらが効果的に使われているところが
本作品のSFとしての
肝となっているのです。
本作品の味わいどころ②
それでも人を信じる
ダンのヒューマン・ドラマ
親友と婚約者に
これ以上はないというほどの
裏切りに会いながら、
未来でも過去に戻っても、
最終的には人を信じるダンの人間性が
読みどころとなっています。
もちろん、そうでなければ
肝心なところで何も実行できないので
当然と言えば当然なのですが、
逆境に遭っても人間性を失わない点が
魅力なのです。
本作品の味わいどころ③
絶望から希望へ、
サスペンスあふれる展開
だからこそ、
運命は次第に好転していくのです。
すべてを失い30年後の世界に
送り込まれたダンですが、
得るべきものを十分に得て
物語は幕を閉じるのです。
その間、自分の眠っていた
「過去」に起きた事実を突き止めようと
奔走する彼の行動は、
SF以上にサスペンス・ドラマの要素を
色濃く含んでいます。
SF的設定に頼りすぎることなく、
その筋書きには
しっかりとした読みどころが
ふんだんに盛り込まれてあります。
それが本作品の魅力であり、
50年経っても色あせない輝きを
放っている理由なのです。
2011年、日本で
世界初舞台化が成されたと思えば
今年は実写映画化(現在公開延期中)。
それに伴い、「新装版」として
本書が刊行されています。
SF小説の古典を、
この機会にいかがですか。
※先日読んだ
辻村深月の「サクラ咲く」に
登場していた作品であり、
それがきっかけで
読んでみることにした次第です。
(2021.3.15)
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