「ここを味わえ!」と古典の「肝」を教えてくれる
「日本語の古典」(山口仲美)岩波新書
おそらく本書を読み終えたとき、
あなたはこう思うはずです。
「古典を読みたい!」
ここには
普段難しいと思われている古典が、
決してそうではなく、
魅力のぎっしり詰まった
宝石箱だということが
懇切丁寧に示されています。単なる
「古典のガイド本」ではありません。
粗筋紹介でもありません。
独特の切り口を持って
古典をさばき下ろし、そのうま味の
凝縮してある部分を取り出し、
「ここを味わえ!」と
教えてくれる本なのです。
本書の古典のさばき方①
言葉の観点からのアプローチ
著者の切り口は「言葉」です。
日本語の歴史を専門とする著者は、
言葉との関わりから
一つ一つの作品を
切り込んでいるのです。
「竹取物語」では
かぐや姫の発する言葉の「悪さ」から、
彼女の人格未完成を読み取ります。
そしてそれは見逃されがちな
「かぐや姫は罪をつくり給へりければ」の
一節から、
彼女を月世界の罪人と考察します。
なんとかぐや姫は月から地球への
島流し(星流し)の刑にあっていたとは!
本書の古典のさばき方②
一作品一テーマでの解説
このように、古典30作品について、
一つ一つテーマを設定し、
その作品の最上の味わいどころに
迫っているのです。
「徒然草」では
「兼好法師は女嫌いか」というテーマで、
女性を悪し様に罵っている
兼好法師の思考を、
作品の成立過程と照らし合わせて
解説しています。
それにしても、私などは
「独りともし火のもとに文を広げて、
見ぬ世の人を友とするぞ、
こよなう慰むわざなる。」
(独り灯火のもとで読書して、
作者や登場人物など、
知らない昔の人を友とするのは、
何よりも心が安らぐ。)などといった
人生訓的な思想だけを
読み取ろうとしていたのですが、
その同じ書の中に
「女の性は皆ひがめり。
人我の相深く、貪欲甚だしく、
ものの理をしらず」
(女の本性は皆ねじ曲がっている。
我執が強く、
欲張ることはなはだしく、
ものの道理をわきまえず)といった
女性蔑視的発言があったとは
気付きませんでした。
これなら「徒然草」を
もっと気楽に読むことができそうです。
本書の古典のさばき方③
平易な言葉での語りかけ
日本語の歴史を専門とする
文学博士と聞けば、
いかにも専門用語を乱発して
難しく格調高い文章が並んでいるのを
想像してしまいますが、
まったくそうではありません。
平易な言葉、というよりも
日常使っている言葉で
話しかけられているような感覚で
読み進めることができます。
「東海道中膝栗毛」では、
「弥次さんは、どうしようもない
スケベおやじなんですね。」
「あれれ、
現代とは、ちょっと違う反応!」
「うーむ、これだ、この開放感だ。」と
並びます。
浅学な私でも
十分に食いつくことができました。
言葉というこれまでにない観点から
作品に切り込み、
その味わいどころを
一気にさばき落とし、
気軽に使える皿に盛り付け、
一般庶民に提供する。
フランス料理の三つ星シェフが
家庭料理を振る舞っているような
構成なのです。
古典の料理人・山口仲美シェフは
ただ者ではありません。
本書を読めば、
古典嫌いな方は
今すぐ古典を読みたくなり、
古典を読んできた方は
改めて古典を深く味わいたくなる
素敵な一冊です。
(2021.3.17)