「人魚の嘆き・魔術師」(谷崎潤一郎)①

妖しすぎます、文庫本の数倍の妖しさです

「人魚の嘆き・魔術師」(谷崎潤一郎)
 春陽堂書店

昔日の南京。
若くして莫大な財産を
受け継いだ「貴公子」は、
放蕩に放蕩を重ねるが、
次第に飽きが来て、
さらなる刺激を
求めるようになる。
ある日、南蛮の商人が訪れ、
珍しいものを売りたいという。
持参したのは「人魚」だった…。
「人魚の嘆き」

先日取り上げた
「人魚の嘆き」と「魔術師」。
中公文庫の一冊に
収められているのですが、
なんとも怪しい雰囲気のする
文庫本であり、
以前から気になっていました。
ところどころに挿入される
水島爾保布なる画家の挿絵、
両篇とも冒頭の最初の一字が
イラスト文字によるドロップキャップ。
作品の内容も妖しすぎるのですが、
装幀も妖しすぎます。
調べてみると中公文庫版は、1919年に
春陽堂から出版された本の装幀を
忠実に再現したものなのでした。
以前から、その春陽堂版を
見てみたいと思っていたら…、
なんと昨年末に復刻されていました。
それが本書です。

初夏の夕べ、
「彼の女」に誘われるがまま、
「私」は公園へ出かける。
物好きな「私」が、
夢にも考えたことのない、
破天荒な興業物が
あるというのだ。
「彼の女」は誘う。
それはこの頃公園の池の汀に
小屋を出した、
若く美しい魔術師です…。
「魔術師」

縦横とも文庫本の倍のサイズ。
旧字旧仮名遣い。
活字もレトロな雰囲気が漂う書体
(もしかしたら活版印刷?)。
さらには文庫本にはなかった
二枚のカラー印刷の挿絵。
妖しい、妖しすぎます、
文庫本の数倍の妖しさです。

本書を手にすると、
電子書籍などというものが
いかに貧弱なメディアであるかが
わかります。
「本」が伝えるのは
「テキスト」だけではないのです。
質感、手触り、紙質、
書体、挿画等々、そうしたものから
作者の意図した作品世界とともに
その時代の空気感すら
伝わってくるのです。

お金をかけずに多くの本を読む、
あるいは
多くの本の置き場所を確保する、
そうした観点で考えると
本は文庫本、
いやそれ以上に電子書籍を
選択することになると思います。
しかし、こうした魅力あふれる本なら
私はハードカバーで
購入したいと思うのです。

本書の値段は3960円。
文庫本を所有しているにもかかわらず、
欲しくて欲しくてたまらずに、
思い切って購入しました。
買って幸せです。

谷崎潤一郎好きの方以外には
絶対にお薦めできない一冊ですが、
「本」とは何か?という
根源的な問いかけに対する
一つの答えとなるはずです。
こうした魅力あふれる「本」が
これからも出版されることを
期待しています。

※巻末の前田恭二氏による解説も
 一読の価値ありです。

(2021.3.19)

Sergei Tokmakov, Esq.によるPixabayからの画像

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