「人魚の嘆き・魔術師」(谷崎潤一郎)②

土曜ワイド劇場を覚えていますか

「人魚の嘆き・魔術師」(谷崎潤一郎)
 中公文庫

「土曜ワイド劇場」を覚えていますか。
通称「土ワイ」。
1980年代に、テレ朝系で
土曜夜9:00~11:00の時間帯に
放送していた
懐かしの2時間TVドラマ枠です。
その中でも明智小五郎美女シリーズ
(北大路欣也主演!)は
当時のTV放送限界ギリギリの
妖艶なエロスを満載した、
それはそれは魅力的な番組でした。
当時高校生だった私たちは、
当然親と一緒に見ることなど
できなかったわけです。
TVは居間に1台の時代でしたから。
だから月曜日に登校すると、
それを見た見ないの話題で
大騒ぎになるわけです。

私は、谷崎潤一郎の小説の
いくつかを読むと、自然に
土曜ワイド劇場明智小五郎シリーズが
連想されてきて困ってしまいます。
特に本書の二作品は、
江戸川乱歩が多大な影響を
受けたであろう逸品ですので
なおさらです。

「人魚の嘆き」の人魚。
これは江戸川乱歩の小説に
しっかりあります。
「パノラマ島奇譚」の中にも登場します。
それだけではなく、たしか「大暗室」で、
無理矢理人魚の衣装を着せられ、
水槽中で身悶えする少女が
描かれていたはずです。
土ワイでは「緑衣の鬼」を原作とした
「白い人魚の美女」がありました。
谷崎のはまさに
人魚そのものなのですが、
乱歩も負けてはいないのです。

「魔術師」
これなどはタイトルそのままです。
土ワイでは「浴室の美女」と
なっていたはずです。
えっ、浴室…!

いけません。
そんな邪なことを考えていては
文豪大谷崎に対して失礼です。
これは谷崎文学の耽美な世界を
味わうための一冊なのです。
美しくかつ芳醇な日本語を駆使し、
文章で酔わせる。
100年前に書かれたとは
思えないほどの流麗な文体。
そして理解しやすい文章構成。
しかも中公文庫版特有の挿絵の美しさ!

本書は他の谷崎作品と違い、
性に関する刺激的な部分がないだけ、
浸っていても害はありません。
もちろん乱歩や横溝のような
殺人事件も起きません。
妖しく美しい谷崎文学世界に
はまり込むにはうってつけの作品です。

子どもなんぞに
薦めるわけにはいきません。
大人にだって薦めたくありません。
できれば自分だけの
秘密にしておきたい一冊。
「こんないい世界、
お前ら知らんだろ」と、
ほくそ笑むためのとっておきの一冊。
でも、誰かに言いたくて言いたくて
たまらなくなる一冊。
だまされたと思ってどうぞ。

(2021.3.19)

Mystic Art DesignによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA