気丈夫な生き方と細やかな情念
「裸木」(川崎長太郎)
(「日本文学100年の名作第3巻」)
新潮文庫
芸者・君栄は、
世話をしたいという
青木の申し出を
承知することになる。
君栄が一枚看板となっている
芸者家福住が営業停止の
罰を食らったからだった。
ただ、同じように親しくしている
大野がどう思うか、
君栄には気がかりだった…。
今では書店の棚でその名をほとんど
見なくなった私小説作家・川崎長太郎。
本作品を初めとする玄人女性を描いた
一連の作品を発表し、
それらは「情痴小説」
「花街小説」などと呼ばれ、
一時好評を博しました。
しかし決して愛欲場面に偏っている
わけではなく(むしろほとんどない)、
しかも一流どころの芸者を
主人公に置くわけでもなく、
日陰の女たちを題材にしているのが
特徴といえるでしょう。
本作品の君栄もそんな女性の一人です。
芸のない田舎芸者であり、
盛りを過ぎた二十三歳。
これまで囲いたいという誘いを
一切断り、旦那をとらずに
生きてきたのです。
青年との結婚が一度壊れたものの、
堅気の所帯を持つ機会を
しっかりとうかがっています。
そうした君栄の
したたかでたくましい生き方が、
本作品の味わいどころの
一つとなっています。
日陰に生きようとも、
決して萎れたりしない強さが
感じられます。
一方で君栄は、
借金を少しずつ返しながら、
継母への仕送りも欠かしません。
営業を止められている福住への援助も
しなければと考えています。
六十を越えた青木について、
初めは好印象を
持っていなかったのですが、
彼が病に倒れると
深い情愛を示しもします。
映画監督・大野との断ちがたい思いも
随所に現れます。
そうした君栄が見せる情の深さもまた
本作品の味わいどころとなっています。
筋書きに大きな変化はありません。
このように君栄の思いが
綴られていくだけです。
本作品はまさに、そうした君栄の
気丈夫な生き方と細やかな情念を
味わうべき作品なのでしょう。
本作品に登場する映画監督・大野の
モデルはなんと小津安二郎。
本作品には作者自身の
分身たる人物が登場しませんが、
他の作品では、川崎は小津と
作品中で対峙しているのです
(川崎の他の作品を
急いで読んでみたいと思います)。
日陰を生きる女性たちに
寄り添おうとする作者・川崎の
慈しみの視点が深く感じられる本作品。
一読の価値ありです。
(2021.3.21)