「少年の悲哀」(国木田独歩)

哀しくも美しい追想小説

「少年の悲哀」(国木田独歩)
(「牛肉と馬鈴薯・酒中日記」)新潮文庫

「牛肉と馬鈴薯・酒中日記」新潮文庫

「少年の悲哀」(国木田独歩)
(「明治探偵冒険小説集4」)ちくま文庫

「明治探偵冒険小説集4」ちくま文庫

ある夜「僕」は、家の下男の
徳二郎に誘われるまま、
瀬戸内海の入り江にある家に
連れられていく。
そこで「僕」は、
まもなく朝鮮へ渡るという
若い女と出会う。
生き別れた弟が
「僕」に似ているというその女は、
やがて大泣きを始める…。

少年少女期を追想する形の作品は、
文学界に数多くあります。
現代作家、特に女性の作家に
秀作が多いのですが、
最近再読している国木田独歩にも
いくつか見られます。
そのどれもが悲しみの表情を
湛えているのです。
「少年の歓喜が詩であるならば、
 少年の悲哀も
 亦(また)詩である」
から始まる
本作品も同様です。

今日のオススメ!

冒頭の粗筋に記したとおり、
下男に導かれていった家で、
若い女性が「僕」を見て泣いたという、
それだけの物語であり、
それ以上の展開はありません。
少年のおぼろげな記憶の中に、
しかし確かな哀しみが
染みこんでいるのです。

作品の中で、
大人の事情は一切明かされません。
徳二郎とその女はどんな関係なのか、
女はどうして大陸へ
行かなければならないのか、
その女の「弟」は「僕」と似ているが、
それは偶然なのか、
それ以上の理由があるのか等々。
当時の社会情勢を考えると、
ある程度推測できるのですが、
それを裏付ける箇所は
作品中にはありません。
しかし、それは子どもの視野に
徹底しているためであり、
それが不純なものを
極力登場させないことに
繋がっています。

また、その子どもの目線が、
えもいわれぬ幻想的な表現描写を
生み出しています。
「未だ宵ながら月は高く澄んで
 冴えた光を野にも山にも漲ぎらし、
 野末には靄かかりて夢の如く、
 林は煙をこめて浮ぶが如く、
 背の低い川楊の葉末に置く露は
 珠のように輝いて居る」
「入江に近くにつれて
 川幅次第に広く、
 月は川面にその清光を涵し
 左右の堤は次第に遠ざかり、
 顧れば川上は既に霞にかくれて、
 舟は何時しか入江に
 入って居るのである」

「わたしは思切って泣きたい、
 思い切って泣かして下さいな」

見も知らない女性の
泣き崩れる様を見て、
言葉では表しようのない
悲哀を感じる「僕」。
「淡い霞のように
 僕の心を包んだ一片の哀情は
 年と共に濃くなって、
 今はただその時の僕の心持ちを
 思い起こしてさえ堪え難い、
 深い、静かな、やる瀬のない悲哀を
 覚えるのである」

混沌とした少年時代を
送らざるを得なかった
明治の文豪の描く追想小説は、
哀しくも美しい作品ばかりです。
昔少年だった
大人のあなたへお薦めです。

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今日のオススメ!

※なお、何も解き明かされず、
 謎だけが提示されている本作品を、
 「探偵小説」という観点で
 捉えることも可能であり、
 その視点で編んだ作品集が
 ちくま文庫刊
 「明治探偵冒険小説4」です。
 他の作品とともに読むと、
 確かに明治のミステリーとしての
 色彩が色濃く感じられます。

〔牛肉と馬鈴薯・酒中日記」
        収録作品一覧〕


牛肉と馬鈴薯
巡査
富岡先生
少年の悲哀
空知川の岸辺
酒中日記
運命論者
春の鳥
岡本の手帳
号外
疲労
窮死

竹の木戸
二老人

〔「明治探偵冒険小説集4」
         収録作品一覧〕

あやしやな 幸田露伴
弁護美人 梅の家かほる
化物屋敷 丸亭素人
名人藤九郎 作者不詳
少年の悲哀 国木田独歩
難船崎の怪 滝沢素水
汽車中の殺人 三津木春影
秘密 谷崎潤一郎
指の秘密 姫山

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(2021.3.23)

efesによるPixabayからの画像

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