「マスク」(菊池寛)

現代のコロナの状況と極めてよく似ています

「マスク」(菊池寛)
(「マスク」)文春文庫

恰幅が良くて丈夫に見えるが、
実は人一倍内臓の弱い「自分」は、
「流行性感冒に罹ると
助からない」と医者に脅され、
不安になる。
家族ともども極力外出を控えた。
春になってみんなが
マスクを外しても、
「自分」はそれを掛け続けて…。

ここで登場する「流行性感冒」とは
新型コロナ肺炎ではありません。
約100年前のパンデミック
「スペイン風邪」のことです。
筋書きというほどのもののない、
随筆と大差のない
菊池寛の私小説です。
でも、書かれてあることは
現代のコロナの状況と
極めてよく似ています。

一つは流行性感冒の危険性です。
「自分」の心臓の疾患を見抜いた医者が
「流行性感冒に罹って、
 四十度位の熱が三四日も続けば
 もう助かりっこはありませんね。」

言い放つのですが、
まさしく基礎疾患がある患者の
死亡リスクの高さについて
言及しているのです。
コロナ流行当初、厚労省は
相談・受診の目安として
「37.5度以上の発熱が
四日以上続いたとき」としていましたが、
この日数の基準は
もしかして本作品から
導き出されたものではないかとさえ
思えてきます。

一つは個人でできることの限界です。
罹患を極度に恐れた
「自分」が行ったことは、
「不要不急の外出自粛」
「うがいの励行」
「マスクの着用」。
現在とまったく同じ、いや、
今私たちが行っていることは
100年前にもすでに実践されていて、
100年経ってもそれ以上の対策が
見いだされていないのです
(ただし本作品には手指消毒については
書かれていません)。

そうした表面的なこと以上に
似ているのが、
マスクを着用する「自分」の心理です。
3月までは
みんながマスクを着用しているので
「自分」も安心してマスクを掛けていた。
春以降みんながマスクをしなくなっても
「自分」はマスクをし続けた。
ところがさすがに5月になると
暑苦しくてマスクを外してしまう。
ある日、
町でマスクをつけた若者を見た途端、
「自分」はその男を不快に感じてしまう。

3月の段階では、
「自分が、
 真の意味での衛生家であり、
 生命を極度に愛惜する点に於て
 一個の文明人であると
 云ったような、
 誇をさえ感じた」のですが、
5月には
「自分がある男を、
 不快に思ったのは、
 強者に対する弱者の
 反感ではなかったか」

自己防衛のための「マスク着用」が、
いつしか「世間体」との関わりに
置き換わっているのです。
確かに私も家を出ると
ほぼ一日中マスクをしているのですが、
ふと気付けば、感染予防というよりは
「みんながしている以上
自分もしなくては」だとか
「何かあったときに
非難されないように」もしくは
「着けていれば
問題は起きないだろう」といった
「世間体」がその理由であることに
思い当たります。

文庫本にしてわずか9頁の掌篇ですが、
現代の状況と比較すると
愉しく読むことができます。
おうちで過ごす時間の友に、
本書などはいかがでしょうか。

※本作品集は
 「スペイン風邪をめぐる小説集」と
 副題がつけられていますが、
 スペイン風邪に関連しているのは
 本作品とあとは二篇だけです。
 「忠直卿行状記」「仇討禁止令」などは
 歴史物であり、
 まったく関係性がありません。
 いささか「タイトルに偽りあり」の
 感があります。

(2021.3.25)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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