「堕ちたる天女」(横溝正史)

等々力+磯川、両警部合同捜査

「堕ちたる天女」(横溝正史)
(「貸しボート十三号」)角川文庫

交通量調査をしていた中学生たちの目の前で、
トラックの荷台から落下した石膏像。
その中には美しい女性の死体が隠されていた。
殺人犯の身元が判明し、
事件は速やかに解決するかに見えたが、
その後第二、第三の死体が発見され…。

1 はじめに

トラックから落下した石膏像に死体が塗り込められていたという設定はかれこれもう何作目でしょうか。横溝正史得意の書き出しです。しかしその後の展開は他の横溝作品に見られない設定がいくつか見られ、中篇としては密度の濃い傑作となっています。金田一耕助シリーズの一篇、「堕ちたる天女」です。

2 事件ファイル

【事件簿File-027「堕ちたる天女」】
〔依頼人〕
なし
※事件に興味を持った金田一が
 等々力警部に接触。
〔捜査関係者〕
小玉警部補…K署捜査主任。
渡辺警部補…U署捜査主任。
等々力警部…警視庁警部。
新井刑事…等々力警部の部下。
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
リリー木下

…浅草花鳥劇場の美人ストリッパー。
 石膏像から死体で発見。
双葉藍子
…リリーの同僚ストリッパー。
 殺害される。
浅原三十郎
…浅草花鳥劇場支配人。
高松アケミ
…キャバレー花園のダンサー。
 石膏像から死体で発見される。
古川五郎
…藍子の利用したタクシー運転手。
水原鶴代
…リリーの愛人。バーのマダム。
都築マリ
…アケミの同僚ダンサー。
川上三蔵
…花園のマネージャー。
中河謙一
…彫刻家。リリーの愛人。
 黄色いマフラーの男。
杉浦陽太郎
…殺人犯と目される美術家。
 中河と同一人物と目される。
清水隆一
…杉浦を擁護する漫画家。
朝倉梧郎妹尾たま江
…昭和17年岡山県で起きた
 保険金殺人事件の容疑者。
遠藤由紀子
…交通量調査で事件を目撃した中学生。
松本先生
…由紀子の担任教諭。

〔事件の概要〕
事件発生:昭和29年5月(東京)
5月3日
・アケミ、黄色いマフラーの男に
 連れ去られ、行方不明となる。
5月9日
・藍子、中河のアトリエにて
 殺害されそうになる。
5月10日
・トラックから落下した石膏像から、
 リリーの死体が発見される。
5月12日
・中河のアトリエ特定、
 現場の石膏像から
 アケミの死体が発見される。
5月21日
・藍子が死体で発見される。
5月28日
・金田一が推理の見立てを
 等々力・磯川両警部に伝える。

3 本作品の味わいどころについて

中学生達が交通量調査をしている冒頭部は「もしかしてジュヴナイル?」と思わせるような爽やかさがあるのですが、そこは「金田一の東京もの」です。すぐさまエログロ路線へと突き進みます。

トラックの荷台から落ちた石膏像の中には全裸の女性が塗り込められていただけでなく、後続のトラックが乗り上げたために大腿部が破断、肉片や粘液がはみ出るなど、スプラッター映画さながらの幕開けとなるのです。

それだけでなく、犯人と目される画家のアトリエを捜索すると、予想どおりもう一体の石膏像、その中にはやはり女性の全裸死体。まるで戦前の乱歩作品をなぞっているかのようです。

そうした「猟奇性」がクローズアップされる一方で、画家の足取りはまったくつかめないのです。はたして画家・中河と杉浦は同一人物なのか?だとしたら画家はどこに潜んでいるのか?

もちろん「猟奇性」は「表面の目隠し」に過ぎず、それを剥ぎ取ったあとに現れる真実に、読み手は驚愕せざるを得ないのです。この、乱歩的猟奇性とその陰に隠れて見えない犯人の存在こそ、本作品の第一の味わいどころなのです。しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
ホモ&レズ、性指向が事件の鍵

捜査が進むにつれて、意外な事実が判明していきます。石膏像の中の被害者・リリーはレズビアン。最近、男性との性に目覚め、自ら「堕ちたる天女」と称した直後の殺人事件だったのです。そこにどのような謎が隠されているのか?ところがさらに読み進めると、その容疑者・杉浦は、実はなんとホモセクシュアル。ホモがレズを殺害!?いったい何が起きていたのか?

性的趣味を単に素材にしただけではありません。その一つは真犯人による巧妙なカモフラージュとして使用され、もう一つは事件の真相を解く手がかりになっていくのです。この、事件のキーアイテムとなる「性的指向」こそ、本作品の第二の味わいどころとなるのです。じっくりと味わいましょう。

ただし、こうした性指向を「病気」や「障害」のように扱っているところは、現代であればバッシングを受けるところでしょうが、昭和29年という時代を考えると仕方のないことかもしれませんが。

本作品の味わいどころ③
等々力+磯川、両警部合同捜査

金田一耕助の相棒警部といえば、東京では等々力警部、岡山では磯川警部なのですが、本作品ではこの両警部が相まみえることになります。事件が戦前の岡山で起きた未解決事件と関わりがあることを見抜いた金田一が、磯川警部へ働きかけ、両警部の合同捜査が実現するのです。

惜しまれるのは、二人が合同捜査を始める直前、すなわち磯川警部が等々力警部と顔を合わせたその場面で、金田一が事件解決の手がかりを提示し、幕を閉じていることです。二人の合同捜査の様子は、読み手が脳内で補完するしかない状態なのです。

おそらく雑誌掲載の誌面の制約があったのでしょう。金田一は真犯人を指摘したのですが、その物的証拠は示すことができない状態なのです。二人の合同捜査によって、その証拠が裏付けられることを示し、作品を終わらせるしかなかったのでしょう。

横溝は晩年に書いた随筆の中で、金田一ものの締めくくりとして等々力・磯川両警部ものを構想していると記しています。東京・岡山両地域にまたがった殺人事件について、本作品を下敷きにして改稿作業を行うとすれば、以下のような加筆修正が考えられます。
①岡山での事件の精細な描写:
本作品に示されていない、金田一が過去の岡山の事件をいかにして知り得たかという背景を徹底的に描き込む。さらに、磯川警部が東京へ出張して捜査をする必要性を強化する。
②東京での事件関係者の複雑化:
晩年の長編「白と黒」「悪霊島」のように、登場人物とその関係性をさらに複雑化し、岡山県とのつながりをつくる。
③両警部の合同捜査の実際:
等々力・磯川両警部が東京において合同捜査を行い、最後は金田一を含めた三者が一堂に会して解決する。横溝にそうした時間が残されなかったことが残念でなりません。

この、本作品における等々力・磯川両警部の顔合わせと、その発展形としての大長編を妄想することこそ、本作品の最大の味わいどころとなっているのです。たっぷりと味わいましょう。

4 本作品の背景

現在のジェンダー・セクシュアリティ観から見ると、本作品における描写は、異端視や偏見がいささか露骨に思えます。しかし当時は「探偵小説における怪奇・猟奇的な演出の一環」として、あまり問題にはされていなかったと考えられます。

戦後の復興期から昭和20年代後半にかけては、「ストリップ劇場」や「カストリ雑誌」が全盛を誇った時代でした。当時のミステリにおいて、同性愛や異常心理は「都会の闇」「耽美で怪しい世界観」(いわゆるアブノーマル)を演出するための常套的な小道具(エログロ要素)として扱われていたのです。

また、当時の世相において同性愛は「病理的」「異端的」として見られる傾向が強く、本作における金田一耕助らの言動や作風も、そうした昭和20年代の一般的な社会通念や偏見を自然に反映したものとなっているのです。

現代においては過剰に反応する必要などなく、むしろ戦後間もなくの時代の性観念や風俗事情を知るための歴史的痕跡(資料)として捉えるべきでしょう。

5 おわりに

戦後、復興・発展とともに現れはじめた「都会の頽廃的なアングラ感」と。石膏像に詰められた死体という戦前の乱歩的怪奇美学。戦前戦後が一枚のカンヴァスに詰め込まれたような、不思議な味わいのある作品となっています。現代の視点から読み直すと「ミステリとしての面白さ」と「時代を映す鏡としての興味深さ」の双方を味わうことができます。金田一耕助シリーズの隠れた逸品、ぜひご賞味ください。

(2021.3.31)

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(2026.9.9)

追記

長らく絶版中だった本書「貸しボート十三号」が、横溝正史没後40年&生誕120年記念としてめでたく復刊されました。

杉本一文氏の表紙画は旧版の方の採用となっています。ただし、これも今回印刷された分が売り切れれば再び絶版となるのでしょう。未読の方は早めの購入をお勧めします。

(2022.2.27)

〔「貸しボート十三号」角川文庫〕
湖泥
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