「堕ちたる天女」(横溝正史)

等々力・磯川両警部揃い踏み

「堕ちたる天女」(横溝正史)
(「貸しボート十三号」)角川文庫

交通量調査をしていた
中学生たちの目の前で、
トラックの荷台から
落下した石膏像。
その中には美しい女性の
死体が隠されていた。
殺人犯の身元が判明し、
事件は速やかに
解決するかに見えたが、
その後第二、第三の
死体が発見され…。

トラックから落下した石膏像に
死体が塗り込められていたという設定は
かれこれもう何作目でしょうか。
横溝正史得意の書き出しです。
しかしその後の展開は
他の横溝作品に見られない設定が
いくつか見られ、中篇としては
密度の濃い傑作となっています。

【主要登場人物】
リリー木下
…劇場のストリッパー。
 石膏像から死体で発見。
浅原三十郎
…ストリップ劇場支配人。
双葉藍子
…リリーの同僚ストリッパー。
中河謙一
…彫刻家でリリーの愛人。
 黄色いマフラーの男。
高松アケミ
…キャバレーのダンサー。行方不明。
杉浦陽太郎
…殺人犯と目される美術家。
水原鶴代
…リリーの愛人。バーのマダム。
遠藤由紀子
…交通量調査で事件を目撃した中学生。
等々力警部…警視庁警部。
磯川警部…岡山県警警部。
金田一耕助…私立探偵。

本作品の味わいどころ①
どれが本当でどれが嘘?

真犯人は誰なのか?
藍子が連れ込まれたアトリエの所在は?
杉浦陽太郎と中河謙一は
同意人物なのか?
リリーにかけられた保険金は
無関係なのか?
次から次へと謎が現れ、
どれが事実でどれが虚偽なのか
複雑です。
謎解きの面白さが満載なのです。

本作品の味わいどころ②
ホモとレズのトリック

被害者・リリーはレズビアン、
容疑者・杉浦は実はホモセクシュアル。
単なる性的趣味を
素材にしただけでなく、
それが事件の真相を解く
手がかりになっていきます。
性嗜好をも
作品のキーアイテムにしてしまう
横溝の創作力が光ります。

※ただし、こうした性嗜好を
 「病気」として扱っているところは、
 現代であればバッシングを
 受けるところでしょうが、
 昭和29年という時代を考えると
 仕方ありません。

本作品の味わいどころ③
等々力・磯川両警部揃い踏み

金田一耕助の相棒警部といえば
東京では等々力警部、
岡山では磯川警部なのですが、
本作品ではこの両警部が
相まみえることになります。
事件が戦前の岡山で起きた
未解決事件と関わりがあることを
見抜いた金田一が、
磯川警部へ働きかけ、
実現しています。

残念なのは、
二人が合同捜査を始める直前、
すなわち磯川警部が等々力警部と
顔を合わせたその場面で、
金田一が事件解決の手がかりを提示し、
幕を閉じていることです。
二人の合同捜査の様子は、
読み手が脳内で補完するしかない
状態なのです。

横溝は晩年に書いた随筆の中で、
金田一ものの締めくくりとして
等々力・磯川両警部ものを
構想していると記しています。
もしかしたら本作品を原形として、
東京・岡山両地域にまたがった
殺人事件を、
等々力・磯川両警部がそれぞれ捜査し、
最後は金田一を含めた三者が
一堂に会して解決するという
大長編が実現していたかも
知れないのです。

それはさておき、
以上の理由で中篇ながらも内容が濃く、
読み終えると長編並みの
満腹感を味わえる作品となっています。
残念ながら本作品も肝心の角川文庫で
絶版状態となっています。
本作品を含めた
本書「貸しボート十三号」の復刊を
強く要望します。

(2021.3.31)

〔追記〕
横溝正史没後40年&
生誕120年記念としてめでたく
復刊されました。

杉本一文氏の表紙画は
旧版の方の採用となっています。
ただし、これも
今回印刷された分が売り切れれば
再び絶版となるのでしょう。
未読の方は早めに購入しておいた方が
いいでしょう。

(2022.2.27)

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