桐野夏生の毒は強烈です。
「アンボス・ムンドス」(桐野夏生)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
新潮文庫
「私」の受け持つ
五年生の女の子が五人、
夏休みに山へ遊びに行き、
その中の一人が
崖から転落して死亡した。
そのとき「私」は
妻子ある教頭と密かに
海外旅行に出かけていた。
世間から指弾される中、
「私」は生徒の死に
疑問を抱く…。
毒に満ちた作品です。
決して好きになれそうにはない
作品でありながら、
時々手を出して読んでみたくなる
妖しい「毒」に満ちています。
本作品の強烈な毒①
天国から地獄へ突き落とされる悲劇
不倫旅行の事実が公にさられれる。
およそ不倫に陥っている人間からすれば
この上ない悲劇です。
それが学校の教職員であれば
なおさらであり、
児童の死亡事故時に
連絡が取れないのであれば最悪です。
本作品に仕込まれている毒は、
そのシチュエーションから
最強最悪のものとなっています。
桐野夏生の毒は強烈です。
本作品の強烈な毒②
徹底して描かれる冷たい社会
本来、二人は事故とは何の関わりもない
(不倫をしていなくとも
事故は避けられない)にも関わらず、
およそ全世界を敵に回したような
立場に陥ります。
世間は二人を指弾し、
児童の保護者は二人を敵視し、
校長もまた味方には
なってくれないのです。
小説の世界とはいえ、
かなり厳しい状況を、
何の不自然も感じさせずに
作者は見事に創り上げているのです。
桐野夏生の毒は強烈です。
本作品の強烈な毒③
無垢であるはずの子どもたちの悪意
ここに登場する五人の女の子たちの
何という悪意。
本来無垢であるが故に、
大人の読み手に
底知れぬ恐怖を呼び起こします。
子どもは天使にもなり得るが、
同時に悪魔にもなり得る。
小説や映画でもよく見られる
プロットですが、
そうとわかっていても
背筋が寒くなります。
桐野夏生の毒は強烈です。
「毒」はある意味、「薬」よりも
私たちに近い存在であろうとします。
「薬」は必要があっても
摂りたくないものであり、
「毒」は害があるとわかっていても
手を出したくなるものだからです。
ただし、この「毒」を楽しむためには、
あくまでも虚構の世界であることを
意識した上でなければなりません。
ときどきこうした小説に影響を受け、
子どもたちの世界に
悪意が満ちているように
思い込んでいる方がいるのですが、
現実はこのような
暗黒世界ではありません。
悪意に凝り固まった小学生五人が
集まって殺人事件が起こるなど、
極端すぎることは
あえて言うまでもないことです。
もっともそう錯覚するほど、
桐野夏生の毒は強烈なのですが。
(2021.4.11)