「潤一郎ラビリンスⅠ」(谷崎潤一郎)

非常に強い色彩、それも極めて妖しい光沢

「潤一郎ラビリンスⅠ」(谷崎潤一郎)
 中公文庫

「刺青」
刺青師清吉は、
美しい女の肌に自分の魂を
彫り込むことを念願としていた。
ある日、清吉は
五年前に見つけた
美しい脚の女と再び巡り会う。
女を言葉巧みに誘い、
薬で眠らせ、
清吉はついに女の背中に
見事な女郎蜘蛛を彫りつける…。

終生貪欲に執筆活動を続け、
国内外でその作品の芸術性が
高い評価を得た作家・谷崎潤一郎
名作は枚挙に暇がない程ですが、
その初期の作品を集めたのが本書
「潤一郎ラビリンスⅠ初期短編集」です。
八篇が収録されていますが、
どれもこれも
一筋縄ではいかない作品ばかりです。

「麒麟」
南子は七人の美女で
孔子をもてなす。
美女たちは幽妙な香を
ふんだんに焚きしめ、
辛辣な酒を次々に杯に注ぎ、
濃厚な肉を卓上狭しと
並び立てる。
そして南子は
部屋の正面を覆った錦の幕を
左右に開かせる。
そこに見えた風景は…。

「少年」
「私」とガキ大将の仙吉は、
西洋屋敷に住む信一、そして
その姉・光子と仲良しになる。
「私」と仙吉・信一の三人は
一緒になって、
光子をいじめ抜いていた。
ある夜、「私」は光子に誘われ、
離れの秘密の部屋へと
忍び込んだ。そこには…。

「刺青」「少年」「秘密」には、
後の谷崎の作品に見られる
アブノーマルな性癖が、
すでに色濃く反映されています。
この三篇の出来映えは傑出しています。
また、「麒麟」に見られる
歴史上の事実に
見事な脚色を施した作品も、
駆け出しの頃の作品とは思えない
完成度に達しています。

「幇間」
もとは兜町の相場師・三平は、
放蕩三昧の末、
太鼓持ちの弟子入りをして、
とうとう幇間となる。
彼はめきめきと贔屓をこしらえ、
やがてその業界でも
指折りの存在となる。
ある日、三平が
芸者・梅に惚れていることを
知った周囲は…。

「飈風」
若い画家・直彦は、
遊郭で出会った女の虜となり、
瞬く間にふぬけのようになる。
彼は肉体的刺激を取り戻すため、
東北への旅に出る。
女に誓った貞操の手前、
旅先での欲求を
抑えるのに苦悶し、彼の行動は
次第に常軌を逸していく…。

「幇間」「飈風」に見られる
芸者遊びに関わる題材、
そして女性崇拝の萌芽も
見逃すことはできません。

「秘密」
女装癖をもつ男が、かつて
関係を持っていた女と出会い、
再び接触を図る。
関係を再開する条件は
「秘密」を守ることだった。
男は毎夜目隠しをされ、
逢い引きの場所へ到達する。
ある日、男はどうしても
女の正体を知りたいと思い…。

「悪魔」「恐怖」では、
自身の弱点である乗り物恐怖症について
赤裸々に綴っています。
自分のすべてをさらけ出すことの
できるのが谷崎の強みなのでしょう。

「悪魔」
神経衰弱の傾向のある佐伯は、
東京の大学に通うために上京し、
叔母の家に住むことになる。
彼は人混みが嫌いで
部屋に閉じこもりがちだった。
同居している従妹・照子の
発達した四肢を見るたび、
佐伯は妄想に
襲われるようになり…。

「恐怖」
「私」が取り憑かれた病気は
神経症の一種なのだという。
汽車に乗り込むやいなや
脈拍が上昇し、
冷汗がだくだくと肌に湧き、
手足が悪寒に
襲われたようになるのだ。
だが「私」は徴兵検査のため、
東京へ戻らなければ
ならなくなり…。

谷崎の中短篇を集めた
「潤一郎ラビリンス」は
全16巻が刊行されました。
どれもこれも輝かしいばかりの
作品集なのですが、
中でもこの第1巻は非常に強い色彩、
それも極めて妖しい光沢を
放っています。
これぞ大人の文学です。
大人のあなた、ここから
谷崎の世界にはまってみませんか。

(2021.4.16)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像
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