味わうべきところをしっかり味わうのが読書の楽しみ
「多忙な株式仲買人のロマンス」
(O.ヘンリー/芹澤恵訳)
(「1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編」)
光文社古典新訳文庫
「いそがしいブローカーのロマンス」
(O.ヘンリー/小川高義訳)
(「O.ヘンリー傑作選Ⅰ」)新潮文庫
株式仲買人のマクスウェルは、
いつものように若い婦人速記者・
レズリーを伴って
事務所に入ってきた。
それを見た
秘書・ピッチャーの表情には
なぜか興味と驚きの色が浮かぶ。
レズリーの様子も
どこかおかしい。
それには理由があり…。
最後の最後を読まなければ、
まったく話の筋のわからない作品です。
しかし状況がわかると、
なんともO.ヘンリーらしいユーモアに、
ほのぼのとした気持ちにさせられます。
マクスウェルは有能で多忙、
かつ仕事に没入する株式仲買人。
レズリーは彼の速記者であり、
才色兼備、
清楚で落ち着いたタイプの女性です。
終末で、マクスウェルは
仕事に忙殺されている
僅か一瞬の時間を狙って、
突然レズリーにプロポーズします。
レズリーの返事は…
「覚えていらっしゃらない?
わたしたち、昨夜八時に
あの〈角の小さな教会〉で
結婚したのよ」。
なんとあまりの忙しさに、
マクスウェルは昨晩結婚したことすら
忘れてしまっていたというお話です。
「そんなことあるわけないだろう」と
突っ込みを入れるのは
野暮というものです。
味わうべきところをしっかり味わうのが
読書の楽しみです。
本作品の味わいどころ①
仕事も本物、恋愛も本物の
マクスウェル
事務所に入った途端、
結婚したことすら忘れるくらい、
仕事に没頭し、山ほどの仕事を
スピーディに正確にこなし続ける。
それだけ彼の仕事ぶりは
プロ中のプロなのです。
でも、完全に忘れ去っても、
ほんの一瞬のうちにレズリーへの愛が
抑えきれないほどに膨らみ、
いても立ってもいられなくなる。
レズリーへの愛もまた、
まごうことなき本物の愛情、
一点の曇りもない純粋な愛情なのです。
マクスウェルというキャラクター
そのものこそ
本作品の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
仕事も堅実、恋愛も堅実のレズリー
マクスウェルが自分との結婚を
すっかり忘却しても、
彼女は一切取り乱しません。
大きな驚きがあったにもかかわらず、
言葉に出すどころか
表情にも表しません。
落ち着いて仕事に戻るだけなのです。
それは彼を信じているからに
他なりません。
同じ「仕事のできる人間」として、
マクスウェルを愛し、
そして信じているのです。
このレズリーの人物像こそ、
大人の人間の最高の姿のように
思えてなりません。
O.ヘンリーの作品は、
一度読んだだけではその真価を
十分に理解できないものが
多いと思います。
二度三度と繰り返し読んでいくと、
じわじわと風味がしみ出してきて、
えもいわれぬ味わいが
心の中に広がります。
そんなO.ヘンリーの逸品、
いかがですか。
(2021.4.17)
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