アルベルトは何と「わかれ」たのか?
「わかれ」
(シュニッツラー/山本有三訳)
(「百年文庫023 鍵」)ポプラ社
アルベルトは意を決して
愛人・アンナの家へと向かった。
二人は三ヶ月ばかり
逢瀬を重ねていたが、
彼女はここ数日、
彼のもとを訪れてはいなかった。
重い病に罹っているのだという。
アルベルトは女中から
彼女の死を告げられる…。
アルベルトの禁断の恋は、
陶酔と不安に縁取られながら、
彼女の死によって
突然終わりを告げます。
その筋書きは
すべて彼の視点から綴られ、
愛人・アンナの描写は
遺体となってからのみです。
ただただ彼の述懐が続くのです。
連絡手段のない時代です。
一方的に彼女が
彼の部屋を訪ねる関係は、
彼女が約束の時間までに
現れなかった段階から不安を生み、
それはやがて大きく膨らみ、
そしてそれは現実のものとなるのです。
終末の痛切な情景は涙を誘います。
しかし
どうしても生じる疑問があります。
彼は彼女を愛していたのか?
最後の一節が気になります。
「彼は深く身を恥じながら、
往来を急いだ。
死んだ愛人が
彼を追い立てているような
気がしたからである。」
「本当に彼女のことを
愛しているのであれば、
自分と彼女の関係を
彼女の夫に告白し、
彼女の手にキスを
するべきではないか」。
彼はそう感じているのです。
そしてそうしたいと願っているのです。
しかしそれはできなかった。
そうできなかったことで
「彼女は自分を責めているに違いない」と
思い込んでいるのです。
もう一度最初から読み返してみました。
すると冒頭部分から
気になる箇所が見つかります。
不倫に陥ってからの三ヶ月を
それ以前の生活と比較し、
「彼は自由になりたかった。
独りっきりでいたかった」。
彼女を待ち焦がれる
時間の長さに耐えられず、
「一番いいことはやめることだ。
この幸福は余りに高すぎる」。
彼の思考には
アンナに対する思いなどなく、
自分の幸福追求しか
存在していないのです。
彼女の病を知ってからも、
「女にもう一度会うことができたら、
女から本当に
愛されているということが
感じられたら、本望なんだがな」。
彼は彼女のことを本当に愛しては
いなかったに違いありません。
自分の感情が満たされるかどうかしか
なかったのです。
「不倫」とは得てして
そのようなものなのかも知れません。
彼もそのことに
気付きはじめているのでしょう。
だからこそ彼女の遺体に接したとき、
彼女から責められているように
感じたのだと考えられます。
表題の「わかれ」とは、
もしかしたら
「アンナとの別れ」ではなく、
「幸福に見えて不幸だった
三ヶ月との別離」、もしくは
「独りよがりである自分との決別」
なのかも知れません。
(2021.4.23)