「幽霊塔」(江戸川乱歩)

限りなく乱歩色に染まった「幽霊塔」

「幽霊塔」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第11巻」)
 光文社文庫

叔父が購入した屋敷は、
過去に起きた
忌まわしい事件のために
「幽霊塔」と呼ばれていた。
その屋敷の
下検分を命じられた「私」は、
そこで誰も知るはずのない
時計台のねじを巻いていた
不思議な美女と出会う。
彼女は一体何者なのか…。

黒岩涙香が1899年(明治32年)に
発表した「幽霊塔」
その圧倒的な面白さに魅せられた
江戸川乱歩がリライトした作品が、
この乱歩版「幽霊塔」なのです。
涙香版は、
面白さこの上なしなのですが、
舞台をイギリスに据え置きながら
登場人物は日本人名、
しかも古い文体や言葉遣いで
書かれてあるため、
読みにくさもこの上なしだったのです。
1937年(昭和12年)に
乱歩がリライトした本作品、
涙香版の面白さに加え、
乱歩独特の味わいが
上書きされた感があります。

【主要登場人物一覧】
北川光雄
…「私」。主人公、語り手。
児玉丈太郎
…光雄の叔父。幽霊塔を買い取る。
野末秋子
…光雄が出会った謎の美女。
 幽霊塔の秘密を知っているらしい。
三浦栄子
…丈太郎の養女で光雄の許嫁。
 秋子に嫉妬する。
和田ぎん子
…かつて幽霊塔で養母を殺害し、獄死。
長田お鉄
…ぎん子の養母。
 幽霊となって現れるとの噂。
黒川
…弁護士。秋子につきまとう。
肥田夏子
…秋子の乳母。怪しい行動をする。
長田長三…幽霊塔の売主。
森村…刑事。

上書きされた乱歩独特の味わい①
ヒロイン・秋子の怪しさが倍加

涙香版以上に、
ヒロイン・秋子が窮地に立たされます。
すべての物的証拠や状況は、
秋子が犯人であることを
指し示しているのです。
果たして彼女の正体は?
本当に殺人者なのか?
そして財産を乗っ取ろうと企てる
希代の悪女なのか?
嫌らしいまでに
丹念にたたみかける筆致には、
乱歩特有の味わい深さが感じられます。

上書きされた乱歩独特の味わい②
舞台装置の怪しさが倍加

本作品の舞台となる
時計塔・蜘蛛屋敷・怪西洋館、
すべてが怪しさを増しています。
怪人二十面相のアジトとしても
通用するような、
怪しげな構造を持っているのです。
特に涙香版では
魔術のような存在だった「整形術」が、
現代医学の最先端技術として
扱われることにより、
現実的な怪しさを
帯びてきています。
科学的論拠と緻密な計算による
舞台の設定にも、やはり
乱歩特有の味わい深さが感じられます。

ただし、犠牲になってしまった部分も
いくつかあります。
乱歩版では冒頭部分で
時計塔の財宝やその存在を示す
暗号の取り上げ方が今ひとつ不十分で、
宝探しの面白みは後退しています。
また、秋子の怪しさが際立った反面、
絶世の美女としての秋子像が
薄らいでしまいました。

とはいえ、本作品の存在価値は
いささかも揺らぎません。
「幽霊塔」の面白さを
現代の私たちが味わえるのも、
乱歩がリライトしたおかげなのです。
限りなく乱歩色に染まった「幽霊塔」を、
ぜひご賞味ください。

(2021.4.27)

Walter BichlerによるPixabayからの画像

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