ヤング明智の活躍に心をときめかせた
「時計塔の秘密」(江戸川乱歩)
ポプラ社
叔父が購入した屋敷は、
過去に起きた
忌まわしい事件のために
「幽霊塔」と呼ばれていた。
その屋敷の下見を頼まれた
光雄少年は、
そこで誰も知るはずのない
時計台のねじを巻いていた
不思議な美女と出会う。
彼女は一体何者なのか…。
昨日取り上げた
江戸川乱歩「幽霊塔」の粗筋の、
「私」を「光雄少年」に
変更しただけのものを
掲げてしまいました。
内容は基本的に同一です。
本作品は「幽霊塔」を子ども向けに
さらにリライトしたものなのです
(ただしリライトの作業を行ったのは
氷川瓏という作家)。
本作品、単に子ども向けに優しく
書き直しただけではありません。
なんと若き日の明智小五郎の
探偵譚として編まれているのです。
【主要登場人物一覧】
北川光雄
…高校生くらいの少年。
児玉丈太郎
…光雄の叔父。幽霊塔を買い取る。
野末秋子
…光雄が出会った謎の美女。
幽霊塔の秘密を知っているらしい。
三浦栄子
…丈太郎の養女。光雄と幼馴染み。
秋子に嫉妬する。
和田ぎん子
…かつて幽霊塔で養母を殺害し、獄死。
長田お鉄
…ぎん子の養母。
幽霊となって現れるとの噂。
黒川
…弁護士。秋子につきまとう。
肥田夏子
…秋子の乳母。怪しい行動をする。
長田長三
…幽霊塔の売主。
中村警部…長野県警警部。
明智小五郎…探偵を志す大学生。
その明智小五郎は、
誰の代わりに登場しているのか?
前半部は「幽霊塔」の
森村刑事の役割を果たすのですが、
後半部は北川光雄の役を担うのです
(後半部の森村刑事は中村警部が代行)。
そのかわりに光雄を
明智の5歳年下の少年としています。
ヤング明智の「怪人二十面相」事件以前の
サブ・ストーリーと考えると、
本作品の存在は
それなりの意味を持つと思われます。
しかし、
強引に明智を潜り込ませたため、
「ゆがみ」が生じている箇所も
目立ちます。
明智挿入による「ゆがみ」①
ラブ・ストーリーが消えた!
光雄が少年となってしまいましたので、
当然の如く光雄と秋子の
ラブ・ストーリーは消滅しています。
秋子は24歳くらいの設定ですので、
後半部の冒険を請け負った
明智と釣り合うと思うのですが、
後に明智夫人となる文代に
遠慮したのではないでしょうが、
二人の恋物語にもなっていません。
明智挿入による「ゆがみ」②
少女・栄子がそこまでやるか?
「幽霊塔」では
光雄の許嫁となっている栄子も
少女としての設定となりました。
しかし行動はすべて
「幽霊塔」と同一です。
高校生ぐらいの女の子が、
いくら嫉妬のためとはいえ、
秋子を虎の餌にしかけたり、
誹謗中傷悪口雑言の限りをつくりたり、
未成年でありながら
勘当され家出したり、
悪者と肉体関係を結んだり、
思わず眉をひそめてしまう場面が
続きます。
明智挿入による「ゆがみ」③
中村警部はあの中村警部?
少年探偵シリーズの一作ということで
警察の捜査責任者の名前は「中村警部」。
でも「二十面相」以降に
明智とタッグを組む中村警部と
同一人物ではなさそうです。
同一人物だとすれば、
若くして警部昇格、
そのあとずっと昇進していないことに
なります。
しかも本作品の舞台は長崎県。
長崎県警警部が警視庁入りするような
人事システムがこのときあったのか?
それよりも何よりも、
このとき秋子逮捕を阻止するため、
ヤング明智は黒川弁護士と協力し、
こともあろうに中村警部を
拉致監禁すらしています。
でもいいのです。
子どもの頃に読んだとき、
ヤング明智の活躍に
心をときめかせたことを覚えています。
そしてこんな大学生になりたいと
思ったものです。
少年探偵シリーズの一つとして
楽しみましょう。
それが正しい読み方です。
(2021.4.28)