乱歩版簡略化の「ひずみ」
「幽霊塔」(黒岩涙香)
(「明治探偵冒険小説集1 黒岩涙香集」)
ちくま文庫
「幽霊塔」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第11巻」)
光文社文庫
「幽霊塔」(江戸川乱歩)岩波書店
叔父が購入した屋敷は、
過去に起きた
忌まわしい事件のために
「幽霊塔」と呼ばれていた。
屋敷の下検分を命じられた
「余・私」は、
そこで誰も知るはずのない
時計台のねじを巻いていた
不思議な美女と出会う。
彼女は一体何者なのか…。
黒岩涙香の翻訳小説「幽霊塔」を
リライトした江戸川乱歩の「幽霊塔」。
昨日は乱歩版を取り上げ、
「涙香版の面白さに加え、
乱歩独特の味わいが
上書きされた感があります」と
書きました。
書いてから気がつきました。
両者はどこがどう違うのだろうと。
同時に読み比べるには長編過ぎます。
細部までは確認が難しいにせよ、
すぐ確認できるのは「分量」です。
涙香版の465頁に対して
乱歩版は347頁、
乱歩版の方が少ないことに
気付きました。
乱歩版は涙香版を
スリム化していたのです。
おそらく細かい部分を吟味すれば、
かなり多くの違いが
見つかることでしょうが、
最も大きなものは、
秋子(涙香版:秀子)の出自を
簡略化していることです。
涙香版は乱歩版より
さらにもう一ひねりが成されています。
スリリングな展開の面白さを
優先させたのでしょうが、
この簡略化は、
筋書きのいろいろな部分に
「ひずみ」をもたらしています。
乱歩版簡略化の「ひずみ」①
叔父の失神の理由が明かされない
光雄の叔父・児玉丈太郎が
秋子と最初に対面した際、
丈太郎は驚きの余りに
失神してしまいます。
涙香版では秋子の出自に絡んで
その理由が説明されるのですが、
当然乱歩版はうやむやのままです。
乱歩版簡略化の「ひずみ」②
秋子の背負った「使命」が薄くなった
秋子は自分の使命を全うするために
行動しているのですが、
出生の秘密割愛に絡み、
その「使命」は格段に
軽く薄くなってしまいました。
なぜ彼女がそこまでして
過酷な運命に立ち向かっていたのかの
説明がつかなくなっているのです。
乱歩版簡略化の「ひずみ」③
「大団円」が割り引かれた
涙香版では、彼女の出生の秘密が
明らかになることにより、
彼女に結婚を迫っていた弁護士
(涙香版:権田)は自ら身を引き、
晴れて彼女は主人公(涙香版:道九郎)と
結ばれるのです。
ところが乱歩版では
それを割愛したことにより、
主人公(乱歩版:光雄)は
秋子の無実を確信し、
秋子の無実の立証と引き換えに
秋子を弁護士(乱歩版:黒川)に
譲るという約束を
反故にしてしまいます。
主人公の男らしさが
一つ減じられる結果となるとともに、
「大団円」の意味合いも
一つ割り引かれたような
形となりました。
それらを挙げて
「乱歩版には問題がある」と
結論づけるのは早計です。
乱歩はあくまでも
「幽霊塔」の面白さを
いかに一般の読者に伝えるかに
腐心したと考えられるのです。
乱歩の目には、涙香版は余りにも
冗長に映ったのでしょう。
両方楽しめばいいのです。
そのどちらも面白い作品なのですから。
乱歩版「幽霊塔」は
いくつかの出版社から出されています。
涙香版は紙媒体こそ
中古を探す必要がありますが、
青空文庫なら
無料で読むことができます。
存分に楽しみましょう。
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