宮崎駿の類い希なる空想力
「ぼくの幽霊塔」(宮崎駿)
(「幽霊塔」)岩波書店
今から六十年もむかし、
町の小さな貸本屋でぼくは
江戸川乱歩の
「幽霊塔」に出会った。
それはものすごくおもしろく、
こわくて美しかった。
気に入ったところは
何度も読んだ。
ぼくは幽霊塔の
ロマンスにあこがれ
歯車にあこがれた…。
こんな素敵な本が出版されていることに
気付きませんでした。
江戸川乱歩の「幽霊塔」に、
宮崎駿による
カラー口絵「ぼくの幽霊塔」が添えられ、
魅力的な本に仕上がっています。
わずか16頁に過ぎないのですが、
ここからは宮崎駿の
類い希なる空想力の大きさが
伝わってきます。
宮崎駿の類い希なる空想力①
「幽霊塔」の全体像を実体化している
幽霊塔とはどんな建築物か?
私のような想像力のない読み手は、
「光男の部屋」や「地下迷路」など、
部分部分にしか
イメージがおよばないのですが、
宮崎駿は
脳内に幽霊塔の全体像を組み上げ、
それを画像として
実体化しているのです。
5ページ目に描かれてある
「幽霊塔各層断面図」は圧巻です。
書かれてあることを踏まえながらも、
書かれてあることを逸脱し、
書かれてあるもの以上の
説得力を持つものを創造する。
この空想力こそが、
数々の名作アニメ映画を創り上げた
原動力なのでしょう。
しかも乱歩版「幽霊塔」だけでなく、
涙香版「幽霊塔」の原作となった
ウイリアムスン「灰色の女」の
「ローンアベイ館」にもふれ、
その財宝の在処の違いから、
英国と日本の文化の違いにまで
言及しています。
こうした優れた洞察力も
見逃せません。
宮崎駿の類い希なる空想力②
「幽霊塔」の名場面を画像化している
12~15頁には、
「幽霊塔」の名場面の絵コンテが
載っています。
小説を読むとき、
私のような浅学の読み手は、
字面だけを追いかけて
理解しようとしてしまいます。
宮崎駿はそれを映像として
捉えることができるのでしょう。
そしてどの位置からその場面を捉えると
最も正確に作者の意図が
くみ取れるか考え、
あたかもカメラを移動させるように
自分の視点をその最適位置まで
瞬時に移し替えているかのようです。
この絵コンテだけでも
大きな価値があります。
宮崎駿の類い希なる空想力③
「幽霊塔」の立ち位置を可視化している
最後の16頁目で、
宮崎は世界の文学における
「幽霊塔」の立ち位置を俯瞰しています。
乱歩版「幽霊塔」の源流に、
涙香版「幽霊塔」、
ウイリアムスン「灰色の女」、
コリンズ「白衣の女」、そして
ポー「モルグ街の殺人」があり、
脈々と続く大衆文化の支流の一つに
私たちが今現在享受している
文化があるのだということを
教えてくれます。
乱歩版「幽霊塔」そのものは
現在3つの出版社からの文庫本が
流通しています。しかし
春陽堂文庫版は表紙が気色悪く、
光文社文庫版は「緑衣の鬼」との併録で
分厚くなっていて、
創元推理文庫は
小さな書店の店頭には並ばず、
さらには3つすべてが
全然おしゃれではないため、
特に若い女性などは
手を出しにくい状況です。
本作品が素敵な表紙と
素敵なカラー口絵を纏って
復刊(天下の岩波書店から!)したのは
喜ばしい限りです。
光文社文庫版を持っている私ですが、
本書を買って正解でした。
明日からの5月連休、
何か読もうかなと思っているあなたに
お薦めします。
(2021.4.30)