「梅の蕾」(吉村昭)

半世紀に渡って寄り添った二人の深遠なる往復書簡

「梅の蕾」(吉村昭)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
 新潮文庫

「梅の蕾」(吉村昭)
(「遠い幻影」)文春文庫

三陸海岸の僻村へ
千葉県がんセンターに勤める
エリート医師・堂前が
一家を挙げて
赴任することになる。
当初は反対していた堂前の妻も、
転居後は村の女性たちと
山歩きを楽しむようになる。
しかし、彼女は
不治の病に冒されていた…。

癌の闘病記ではありません。
妻の闘病の様子は
ほとんど書かれていないのです。
本作品は、医師・堂前の、
人としての在り方を描いた
作品なのです。

実は私は吉村昭の作品を
ほとんど読んでいません。
本作品を読んだきっかけは、
作家・吉村昭の妻・
津村節子の小説「紅梅」を読み、
癌に冒された吉村の、
その闘病の克明な記録に心打たれ、
吉村の作品を読んでみようと
探した次第です。
本作品は短篇小説でありながら、
妻・津村のほぼ事実に近い私小説
「紅梅」と対になる作品ではないかと
考えています。

さて、本作品に話題を戻します。
日本各地に少子高齢化の現状があり、
無医村は全国各地に存在し、
問題となっています。
医者はどの地であれ
高収入が見込まれるのですから、
好んで僻地にやってくることは
希なのでしょう。
堂前が僻村に赴任した理由も、
妻の静養のためだったのです。
堂前は村人たちとすっかりなじみ、
夫人もまた村の女性たちに
溶け込んでいくのです。

しかし、そんな幸せも
二年の短い間だけでした。
夫人は千葉の病院に入院、
そのまま帰らぬ人となります。
堂前の妻の葬儀に際し、
東京出張中の村長が
いち早く駆けつけるのですが、
その直後、
マイクロバス六台が連なって、
喪服をまとった大勢の村人たち
を運んできたのです。

「紅梅」で
妻・津村がそうであったように、
吉村もまた感情を抑え、
淡々とした事実の積み重ねで
文章を綴っていきます。
だからこそ情景が細やかに、
かつ鮮明に脳裏に浮かび上がり、
読み手の涙腺を
鋭く刺激してしまうのです。
「村人たちは、
 夫人の死を耳にして
 だれ言うともなくバスを手配し、
 夜を徹してこの地に来たのだろう。
 少くとも二百名を
 超える数であった。」

その後の堂前の行動もまた、
読み手を泣かせます。
ぜひ読んで確かめてください。

妻を看取る男の物語に
吉村は「梅の蕾」と名付け、
それを書いた夫の闘病の記録に
妻・津村は「紅梅」と銘打つ。
両者とも飾り気のない朴訥な文章で、
それぞれの夫婦の愛情溢れる姿を
切ないまでに描き尽くしています。
吉村・津村夫妻は、
お互いの作品を
ほとんど読んでいなかったといいます。
それでいながら、
「紅梅」「梅の蕾」の
二作品を読み比べると、あたかも
半世紀に渡って寄り添った二人の、
深遠なる往復書簡を読むかのようです。

※津村節子「紅梅」については
 まだ記事をアップしていません。
 近いうちに載せたいと思います。
 今しばらくお待ちください。

(2021.5.9)

※アップしました(2021.5.24)

shanghaistonemanによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA