倉橋由美子は何十年先の世界を予見したのか
「アマノン国往還記」(倉橋由美子)
新潮文庫
モノカミ教団大司教の
娘の容体が急変する。
彼女の体内に送り込んだ
「精霊たち」が、
予定外の動きをしたためである。
インリ博士は
「アマノン夫人処女懐妊計画」の
失敗を悟る。
急遽医師団が開腹手術を行い、
「異形のもの」が摘出され…。
先日取り上げた倉橋由美子
「アマノン国往還記」のエピローグです。
まったく違う舞台が
最後に用意されていました。
察するに本編での物語は、この
「アマノン夫人処女懐妊計画」における、
夫人の胎内での様子を
擬人化したものなのでしょう。
そうであればつじつまの合う設定が
いくつも見つかります。
アマノン国が
女性だけの国である理由は、そこが
「アマノン夫人の卵細胞」であるからと
考えられます。
国を被うバリヤは卵細胞の膜。
宣教師集団は精子の集合。
だから最初に突入したPだけが
侵入に成功し、他の宣教師は
皆バリヤに阻まれたのでしょう。
そして本編では
崩壊するアマノン国を脱出する
直前までが描かれているのですが、
表題は「往還記」。
「還ってきていないのになぜ?」という
疑問も氷解します。
還ってきたのは「異形なもの」、
おそらくは奇形の胎児です。
読み終えた当初、
「この物語は夢落ちか?」と
考えましたが、
そうではないのでしょう。
本編が主であり、
エピローグは本編の結末を示す
「暗喩」として
書かれたものではないかと考えます。
モノカミ大司教は
胎児を母体ともども
「処分」するよう命じます。
前後の文章から推察する限り、
胎児は単なる奇形の範囲を超えて
異形なものであったのでしょうが、
アマノン夫人もまた
容姿もしくは思想が
モノカミ世界においては
異端であることが
ほのめかされています。
だとすると、書かれざる本編の結末は
悲惨を極めます。
宣教師Pとその革命を支持する
ユミコス首相一派の一団は、
モノカミ世界への脱出に
成功するのでしょうが、
「異形な集団」と見なされ、
密かに殲滅させられる。
アマノン国そのものも
天変地異によって滅亡する。
世界はモノカミ一色となり、
安定を迎える。
そうした結末を示しているように
思えてなりません。
だとすると、
世界で生き残るのは「モノカミ世界」、
つまりは「書記長」による
思想統一の成された、
全世界を統一した単一国家…。
作者は執筆当時、
おそらくはソビエト連邦を
意図していたのでしょうが、
現代では中国が
最もそれに近い存在となります。
力による現状変更を推し進める中国。
そのなれの果ての世界が
モノカミ世界であるならば、
作者・倉橋由美子は何十年先の世界を
予見したのでしょうか。
(2021.5.19)