「生まれ出づる悩み」(有島武郎)

「死に向った芸術家」と「必死に生きた芸術家」の邂逅

「生まれ出づる悩み」(有島武郎)
(「生まれ出づる悩み」)角川文庫

「生れ出づる悩み」(有島武郎)
(「小さき者へ・生れ出づる悩み」)
 新潮文庫

自ら描いた
数点の絵画を持参して、
訪ねてきた「君」。
「私」が評価とともに
厳しい感想を告げると、
「君」は「今度はもっといいものを
描いて来ます」と言って
立ち去る。
十年後、「君」の書きためた
スケッチが「私」のもとに
送られてきて…。

数年前まで有島武郎
縁遠かったのですが、
「小さき者へ」を読んで、
一気に虜になってしまいました。
日本語が美しいだけでなく、
読み手を鼓舞するようなエネルギーに
充ち満ちていたからです。
決して明るい小説ではないのですが、
読み終えた後、
心の中に活力が沸いてくるのです。
本作品も同様です。

「私」に送られてきたスケッチは、
芸術家として完成された域に
達したものだったのです。
十年間の成長に驚いた「私」は、
北海道へと「君」に会いに行くのです。
その再会の場面のあとには、
「私」が想像した「君」の人生
―芸術の道を極めたいと志しながらも、
生活に重くのしかかる貧困に
押しつぶされそうになる
日々の連続―が、
厳しくも瑞々しい筆致で
描かれていきます。

さて、「君」のモデルとなったのは
木田金次郎という
実在の人物だそうです。
木田は、本作品に描かれているとおり、
画家を目指しながらも
貧しい生活故に家業の漁師を続け、
苦悩の日々を送っていたのでした。

貧しい時代、
そして貧しい地域だったのでしょう。
木田の家族を始め、
周囲の人間は生活のために
生活をしていたのです。
食べていくだけで手一杯の状態。
木田はやりたいこと(理想)を持ち、
そのために
やらなければならないこと(現実)との
間に苦悩していたのです。

同時に、
家族そして地域という繋がりは、
絶対に切ることができなかったのです。
当時(大正期)は、
その二つに背を向け、
自分の生き方を貫くことなど
許されない時代だったはずです。
そうした状況の中で、木田は、
できることの最大限を実践し続け、
画家としての歩みを
着実に進めたのです。

有島武郎が本作品を著したのは
大正七年です。
本格的な創作活動に入って
わずか二年目のことです。
文芸と絵画の分野の違いはあれど、
芸術を志して歩み始めた者としての
木田への共感が、
そこここに溢れています。

しかし、有島は大正十二年には
自ら命を絶ちます。
そしてその翌年、
木田は漁業を辞め、画家となります。
「死に向った芸術家」と
「必死に生きた芸術家」の邂逅が、
日本文学不朽の名作「生れ出づる悩み」と
画家「木田金次郎」を
世に送り出したのでした。

(2021.6.5)

FinmikiによるPixabayからの画像

※有島武郎の作品を読んでみませんか。

【青空文庫】
「生まれ出づる悩み」(有島武郎)

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