「三つの宝」(芥川龍之介)

もっと大きいお伽噺の世界とは?

「三つの宝」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集5」)ちくま文庫

「三つの寶」(芥川龍之介)
(「三つの寶」)ほるぷ出版

王子が三人の盗人と交換して
手に入れたのは、
「姿を消せるマント」
「鉄でも切れる剣」
「千里を一飛びできる長靴」
だったが、
すべて偽物であった。
王子は、その地の姫が
黒人の王に無理矢理
嫁がされようとしている
噂を聞き、王に挑む…。

シニカルな作品の多い
芥川龍之介ですが、
実は童話集が出版されていました。
芥川といえば、
明るいとはいえず、
健全ともいえず、
素直ともとてもいえず、
自信を持って子どもたちに薦められる
作品は見当たらないのですが、
童話集が編まれているのです。
その童話集の表題ともなっている
「三つの宝」、
王子と王女と悪い王様の登場する
戯曲の形をとっています。
さて…。

確かに童話です。
三つのがらくたをもっている
心優しい王子様が、
三つの強力な力をもつ宝を手にしている
王に挑み、打ち勝つのですから。
当然、姫の心を射止め、
見事二人は結ばれます。
黒人の王も潔く負けを認め、かつ改心し、
姫を諦め、二人を祝福までします。
誰一人傷つくものがなく、
三方丸く収まりめでたしめでたし。
「優しい心はやはり大切なのです」という
教訓までご丁寧に付されています。
まさに童話の見本のような作品です。
さすが芥川です。

しかし、されど芥川です。
王子の最後の台詞に、
芥川らしい毒を忍ばせています。
「そうです。皆さん!
 我々三人は目がさめました。
 悪魔のような黒ん坊の王や、
 三つの宝を持っている王子は、
 お伽噺にあるだけなのです。
 我々はもう目がさめた以上、
 お伽噺の中の国には、
 住んでいる訳にはいきません。
 我々はこの
 薔薇と噴水との世界から、
 いっしょにその世界へ
 出て行きましょう。」

「私たちも新しい世界へと
旅立ちます」という、
観客の子どもたちへのメッセージとして
考えることもできますが、むしろ
「こんな都合のいい話は
お伽噺だからだよ」
「現実はこんなもんじゃ
ないんだよ」といっているようにしか
感じられません。
芥川ですから。

さて、本作品は
大正11年に発表されましたが、
本作品を表題とした童話集が
出版されたのは昭和3年、
つまり芥川が命を絶った翌年なのです。
芥川はこの童話集の完成を見ることなく
この世を去ったのです。

先ほどの王子の台詞の続きは
以下のようになっています。
「もっと大きいお伽噺の世界!
 その世界に
 我々を待っているものは、
 苦しみか、または楽しみか、
 我々は何も知りません。
 ただ我々はその世界へ、
 勇ましい一隊の兵卒のように、
 進んでいくことを
 知っているだけです。」

もっと大きいお伽噺の世界とは、
あたかも芥川が進んでいった
涅槃を暗示しているように
思えてなりません。

※「三つの宝」は全6篇。本作の他に、
 「白」「蜘蛛の糸」
 「魔術」「杜子春」「アグニの神」
 昭和46年に復刻出版されたものを
 以前入手しました。
 時代が感じられる素晴らしい装幀の
 童話集です。

(2021.6.8)

ComfreakによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「三つの宝」(芥川龍之介)

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