「二人の稚児」(谷崎潤一郎)

「性への目覚め」に対する二人の身の処し方の相違

「二人の稚児」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅤ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅤ」中公文庫

「二人の稚児」(谷崎潤一郎)
(「刺青・秘密」)新潮文庫

「刺青・秘密」新潮文庫

千手丸と瑠璃光丸は、
物心つく以前に
比叡山に預けられ、
仏門の修行に励んでいた。
年頃になった千手丸は、
菩薩の容姿を持つという
女人の煩悩に苦しみ、
ついに山を下りる決心をする。
半年後、千手丸の手紙が
瑠璃光丸に届くが…。

性に目覚める思春期の二人の少年を
描いた谷崎潤一郎の短篇です。
二人が預けられた比叡山は、
言わずと知れた女人禁制。
したがって二人とも
女性を見たことすらなかったのです。
それでも「性への目覚め」は
二人に訪れます。
本作品は、その「性への目覚め」に対する
二人の身の処し方の相違に
面白さがあると考えます。

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千手丸は性衝動に抗しきれず、
山を降ります。
ほんの一時の予定のつもりが、
思わぬ事態に巻き込まれるのです。
ところが不運が幸運を呼び、
長者の家の婿となり、
何不自由ない身の上となります。
しかも長者の娘ばかりではなく、
幾人もの女性に恋い慕われ、
この世の楽園に浸っているのです。

一方の瑠璃光丸は、
より一層の修行を積み、
煩悩に打ち勝とうとするのです。
しかしある日、
夢枕に立った高徳の老人の指示に従い、
彼は寒風吹きすさぶ
釈迦ヶ岳の山上まで辿り着き、
そこで息絶えようとしている
一羽の鳥を抱きしめるのです。

千手丸の行動が手紙の文面によって
読み手に紹介される一方、
瑠璃光丸のそれは
具体的描写を持って説明されます。
そのことからも、
谷崎の伝えたいものは
瑠璃光丸の心情であり、
それは女性という崇高なものへの
目覚めであることに
疑い様はありません。
それでいて私は、
本作品を読み返すたびに
ついつい別の見方をしてしまいます。
瑠璃光丸の性衝動への対処は
現実逃避に過ぎないのではないかと。

千手丸の女遊びの是非はともかく、
彼は女性を
現実の存在として捉えています。
一方、瑠璃光丸は神々しい存在として
現世での邂逅を望まず、
来世での純潔な結びつきを
信じて疑わないのです。
彼にとって女性は観念上のものであり、
脳内で像を結んでいるに過ぎません。
いわば
バーチャルな存在ともいえましょう。

谷崎の意図は
そのようなところにはないことを
重々承知の上で書くのですが、
私は瑠璃光丸の女性観に、
現代の2D世界の少女しか愛せない
偏向した男子の姿が
重なってきて仕方がないのです。

現実世界同様に、
生身の人間もまた
綺麗なものばかりでなく、
汚れたものや歪んだものを
併せ持っているのです。
清濁併せ呑む度量こそが大切だと
感じる次第です。
文学作品の解釈としては
妥当ではありませんが、
日頃感じていることを
書き綴ってみました。

(2021.6.14)

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像

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