ちょっと怖いです、メアリーは。
「白いウズラ」
(スタインベック/伊藤義生訳)
(「百年文庫015 庭」)ポプラ社
ハリーは、美しい庭の造営を
夢見る女性メアリーと結婚する。
メアリーは結婚後、家を持ち、
自分の理想通りの
庭を造り上げる。
「庭は私の体の一部のように
なっているの」。
彼女の庭に対する執着心は
次第に異様なものに
なっていく…。
ホラー小説の類いでは
決してないのですが、
ちょっと怖いです、メアリーは。
完全な庭を造り、
それを聖域のように扱います。
庭の草木にナメクジやカタツムリが
いようものなら、片っ端から捕まえ、
「ハリーが殺し役で
ナメクジやカタツムリを
押しつぶし、じくじくした
泡立つかたまりにした」。
庭に猫の侵入の気配があると、
「毒入りの魚を仕掛けなくっちゃ」。
庭の端と接している黒い藪を気にして、
「あれは敵よ。あれは、
庭に入り込もうとしている
世界なのよ。
なにからなにまで荒々しくて、
混乱し、
きちんとしていない世界なの」。
「庭は彼女の体の一部である」ことを
考えると、メアリーは心も体も絶対に
他人から侵されたくない
極度の潔癖症なのでしょう。
事実、幾度も寝室に鍵をかけられ、
夫のハリーは入室を拒まれています。
さらにはある晩、
庭に出て家の灯りを眺めながら、
室内に自分の姿を見いだします。
「ふたりの私がいたのよ。
まるで、自分自身を
見ることのできる
ふたつの命を持つようなものよ。
素晴らしいことだわ」。
精神が肉体を離れ、
庭と同化しているのです。
なぜハリーとメアリーは
婚姻関係が継続できているのか?
それはハリーの優しさと
弱さのおかげです。
「庭は彼女の体の一部である」ことを
受け入れ、
自らは庭には一切手を出しません。
頼まれれば害虫駆除でも
野良猫退治でも喜んでこなします。
寝室をロックアウトされても
声を荒げるどころか、
気付かないふりさえして見せます。
そして庭に「白いウズラ」が現れると、
状況はさらにエスカレートします。
どう考えても
悲劇的結末しか想像できません。
しかし、悲劇は描かれません。
悲劇の予感を仄めかして、
小説は終わります。
「白いウズラ」は何を表しているのか?
そしてその死のもたらすものは何か?
ハリーの愛情の
行きつく先はあるのか?
そもそも作者スタインベックは
本作品を通じて
何を訴えたかったのか?
すべては靄に包まれたまま
小説は終わります。
1962年にノーベル賞を受賞した
アメリカの作家
ジョン・スタインベックの傑作短篇、
いかがでしょうか。
(2021.6.17)
※スタインベックの小説は
いかがですか。
※アメリカ文学の記事です。