「散り花」(乙川優三郎)

弱者に寄り添う優しい視線

「散り花」(乙川優三郎)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第9巻」新潮文庫

漁師の父が亡くなり、
一家六人を支えなければ
ならなくなった十四歳のすが。
懸命に働くものの、
海女の仕事では
生計が成り立たず、
「いなさ屋」を紹介される。
いなさ屋の主人・孝助は、
若いすがに身売りの話を
切り出すのをためらう…。

孝助が身売りの提案をためらうのも
わかります。
十六歳と申告したすがは、
まだ十四歳ですので、
当然あどけなさも残っているはずです。
現代であれば中学校二年生ですから。
説明が難しいのですが、
この「いなさ屋」は居酒屋でありながら、
期間限定的な女性の身売りの
斡旋を行っている店なのです。
貧困に陥った家の女を、
女衒に身を売る一歩手前で
「救済」したいという思いからなのです。
孝助はとりあえずすがを
店の手伝いとして雇うことにします。
さて、すがはどうなるのか?

孝助が斡旋する前に、
すがは自ら行きずりの男に
その身をまかせます。
それも害のない男を自ら見抜き、
したたかに身をひさぐのです。
そして孝助はそれを黙認し、
すがと客の男との取引には
関わらないことにするのです。

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今日のオススメ!

筋書きを簡略化すれば、
少女が売春によって
なんとか生きる術を得た、という
身も蓋もないものなのですが、
本作品には悲惨さよりも
不思議な爽やかさが漂います。
それはすがの女としての
たくましさとしなやかさが
前面に押し出された
描写だからなのでしょう。
不幸せに押しつぶされそうに
なりながらも、
割り切って前を向く強さに
心を打たれます。
「こんなことは何でもない。
 あたしは死ねないもの」

もしかしたら女性の方が
本作品を読んだとき、
嫌悪感を感じる可能性もあります。
風俗産業に陥った少女に
生きる強さを見いだすことなど
「男の側の論理」といわれてしまえば
反論は難しそうです。

しかしながら本作品は、
すがの生き方とともに、
すがに寄り添おうとする孝助の視線こそ
読み味わうべき点だと考えます。
道を踏み外したといってしまえば
それまでなのですが、
幼い少女がだれの助けも借りずに、
世間の荒波の中を
しぶとく生き抜く力を得たことを、
大人として受け止め、
祝福しているのです。
その弱者に寄り添う心こそ、
現代においても(現代だからこそ)なお
必要なものだと思うのです。

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本作品収録書籍

時代物はあまり読まない私です。
その分、
アンソロジーで出会った時代物には
素直に感動してしまいます。
乙川優三郎の
優しさが滲み出ている逸品、
大人のあなたにお薦めします。

〔本書収録作品一覧〕
1994|塩山再訪 辻原登
1995|梅の蕾 吉村昭
1996|ラブ・レター 浅田次郎
1997|年賀状 林真理子
1997|望潮 村田喜代子
1997|初天神 津村節子
1997|さやさや 川上弘美
1998|ホーム・パーティー 新津きよみ
1999|セッちゃん 重松清
1999|アイロンのある風景 村上春樹
2000|田所さん 吉本ばなな
2000| 山本文緒
2001|一角獣 小池真理子
2001|清水夫妻 江國香織
2003|ピラニア 堀江敏幸
2003|散り花 乙川優三郎

(2021.6.20)

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像

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