特殊能力が表すのは「排除できない異物や悲しみ」
「プラネタリウムのあとで」
(梨屋アリエ)講談社文庫
第1話「笑う石姫」
「わたし」と川田歩、
眞姫、その兄の4人は
鉱物採集に出かける。
「わたし」はこの機会に
歩と話をしようと試みる。
歩は「わたし」の「石」を
褒めてくれたからだ。
「わたし」は心の中に
しこりができるとそれが落ちて
石になる「石化人間」…。
梨屋アリエの傑作「プラネタリウム」の
続篇である本作品は、前作同様、
特殊能力を持つ「○○人間」
(本文中にはそういう表記は
一人しか出ていませんが)たちの
物語です。
しかしその特殊能力の位置づけが
前作とはやや異なります。
前作での特殊能力は、
それぞれの人間のアイデンティティと
考えられたのですが、
本作でのそれは、いうなれば
「排除できない異物や悲しみ」といった
ところでしょうか。
第1話の石化人間・美香萌の周囲には、
眞姫や後輩・樹莉愛のように
とげとげしい人間がいて、
素直で臆病な美香萌は
常にストレスに晒されています。
それが結晶化して「石」となり、
身体から分離していくのです。
しかし石は何度も抜け落ちます。
彼女の心は
平安な時を迎えることはないのです。
第2話「地球少女」
見ず知らずの「おれ」を
プラネタリウムに誘った愛理衣。
彼女は地球を救って欲しいと
「おれ」に懇願する。
だが「おれ」は地球を救うどころか
自分の欲求不満を
持て余していた。
他人には見えないが、「おれ」は
体が膨張する「膨張人間」…。
第2話の膨張人間・貴志は
思春期・反抗期の少年です。
言いようのない不安を抱え、
それが高じると
身体が膨張してしまうのです。
膨張した部分は
他人からは見えないものの、
その部分は人に触れ、ものに触れ、
違和感として自分に返ってくるのです。
それでいて実体は小さいままであり、
地球救済という
愛理衣の願いとのギャップに、
さらに心を痛めることになるのです。
第3話「痩せても
美しくなるとは限らない」
ある夜、
ベランダの窓からやってきた
「吸脂鬼」は、
「わたし」の体肪を吸っていった。
以来、
何日かおきに吸脂鬼は現れる。
「わたし」の脂肪は
ことのほか美味なのだという。
「わたし」はベランダの窓の鍵を
外しておくのが習慣になる…。
第3話の「わたし」・雅世は
普通の人間です(もっとも吸脂鬼なる
化け物に魅入られるくらいですから
「普通」とは言いがたいのですが)。
最後まで「○○人間」が現れず、
第3話で路線変更かと思われましたが、
最後に雅世の友人・美野里が
心に不安を感じると
警報音が身体から発せられる
「踏切人間」(この表記だけは
本文に記されています)であることが
明かされます。
この雅世もまた、
満たされないものを抱えていると
考えられます。
高校生でありながら、
億ションといわれている
高級マンションに
一人で住んでいるのです
(父子家庭だが父親不在)。
だからこその
化け物との意思疎通であり、
彼女の脂肪もまた「排除できない異物や
悲しみ」と捉えることが可能です
(「脂肪人間」となると侮蔑表現?)。
第4話「好き、とは違う、好き」
付き合っている彼女のしつこさに
うんざりしかけていた「ぼく」。
そんな折、腹違いの姉・涼が
父親の部屋に住み始めた。
涼を訪ねた「ぼく」は、
そこで彼女の脱皮を目撃する。
涼は悲しみが蓄積すると
抜け殻が剥がれ落ちる
「脱皮人間」…。
第4話の「ぼく」・久覇も
能力者ではないのですが、
異母姉・涼は悲しみがたまると
身体が硬化し、剥がれ落ちるという
「脱皮人間」です。
母は久覇の父親の愛人であり、
その母が今、不治の病で
命を終えようとしている、
不安定なわが身の境遇の悲しさが、
脱皮につながっているのです。
思春期の少年少女たちの
不安定な心情が、特殊能力として
見事に表現されています。
前作以上に深まりのある物語が
並んでいます。
中学生高校生に薦めたいと思います。
※なお、本作第3話は、
前作第1話「あおぞらフレーク」の
登場人物たちのその後です。また、
本作第1話の美香萌・樹莉愛は、
前作第3話に登場していた
二人であり、そこで最後に姿を消す
晴実についての記述も見られます。
本作第4話で
久覇が付き合っている彼女は
前作第2話で登場する智恵理です。
前作と本作は
緩やかなつながりを持っていて、
それを探すのも面白い作業でした。
(2021.6.22)
※梨屋アリエの本はいかがですか。
※現代作家の作品の記事です。