彼らの愛情は一体どこに向かうべきなのか?
「プラネタリウムのあとで」
(梨屋アリエ)講談社文庫
美香萌は心の中のしこりが落ちて
石になる「石化人間」、
貴志は見えないけれども
身体が膨らむ「膨張人間」、
雅世は吸脂鬼にその体脂肪を
愛される「脂肪人間」、
そして涼は悲しみが蓄積すると
抜け殻が剥がれ落ちる
「脱皮人間」だった…。
昨日も取り上げた梨屋アリエの
「プラネタリウムのあとで」。
登場人物たちの特殊能力は
「排除できない異物や悲しみ」で
あることを記しました。
しかし味わいどころは
それだけではありません。
本作品の味わいどころ①
満たされない愛情不足の子どもたち
4話の登場人物たちに共通するのは、
すべて家庭環境に事情があり、
愛情不足であることです。
美香萌の母親は極度の潔癖症。
住まいはハウスシックを恐れて
極度にシンプル、
食事は高価な有機栽培野菜、
美香萌の服まで
天然素材にこだわるあまり、
娘の気持ちにはまるで無頓着なのです。
しまいには将来の結婚相手まで
「ちゃんとした人」を
押しつける有様です。
そこに愛情は感じられません。
貴志の家も母子家庭で
祖母・母・姉の三世代の折り合いが悪く、
その影響なのか、
貴志は家庭内暴力を繰り返しています。
雅世はさらに父子家庭の上、
父親は常時不在、
涼も母が今まさに
命を終えようとしており、
その孤独感は想像に余りあります。
本作品の味わいどころ②
重なり合わない少年少女たちの心
第1話・美香萌の心は
平安な時を迎えることなく、
恋心を感じていた歩にも冷たい言葉を
かけざるを得なくなるのです。
二人は眞姫の存在によって、
決してお互いに理解し合うことは
ないのでしょう。
第2話・貴志の気持ちは前向きですが、
現実から遊離している愛理衣の心とは
重なりそうにありません。
第3話・雅世もまた、
吸脂鬼に親愛の情を持つのですが、
すでに脂肪を吸い尽くされた
彼女のもとには、
彼は二度と現れないであろう予感が
語られて幕を閉じます。
第4話・久覇は
恋人・智恵理とも気持ちがつながらず、
異母姉・涼の悲しみを共有しつつも
涼には久覇への憎しみが消えず、
どちらとも結びつくことはないのです。
家庭の内側では愛情不足を抱え、
その不足分の愛情を外界に求めつつも
その心は満たされない。
彼らの愛情は一体
どこに向かうべきなのか?
思春期の少年少女たちの、
なんともやるせない魂の葛藤が、
ほろ苦くもあり、
哀しくもあり、そして
眩しくもあります。
第一作以上の完成度に至った
本作「プラネタリウムのあとで」。
中学生高校生にお薦めしますが、
大人のあなたにも十分にお薦めできる
梨屋アリエの逸品です。
(2021.6.23)
※梨屋アリエの本を読んでみませんか。
※現代作家の作品の記事です。