その趣は「にんじん」「博物誌」と似ている
「フィリップ一家の家風」
(ルナール/岸田国士訳)
(「百年文庫033 月」)ポプラ社
フィリップ一家の住居は、
村じゅうで
いちばん古い住居である。
藁ぶきの屋根は、苔が生えて、
処まんだらに
修繕をしたあとが見え、
庇が地べたの上に垂れ、
入口は頭がつかえるほどで、
二百年ぐらい経った代物としか
思えない…。
粗筋ではなく、冒頭の一節の抜粋です。
粗筋を書こうにも
話の筋というべきものは
見当たらないのです。
フランス・ブルゴーニュ地方の
小さな村を愛し続けたルナールの
短篇なのですが、その趣は代表作である
「にんじん」「博物誌」と似ています。
というよりも、本作品は
その両方の要素を
兼ね備えたものといえるのです。
一つは、
「にんじん」がある少年の一家の日常を
切り取って
小説に仕上げたものであるように、
本作は
片田舎の貧しい農夫の一家の生活を
飾り立てることなく描出した点です。
百年以上前の寂れた農村です。
古い家に住み、経済的なゆとりなど
何一つないはずなのですが、
不思議に貧しさを感じさせません。
フィリップ老夫妻はその生活に
何の不満も持っていないのです。
それは村人たちも同じであり、
きわめてのどかな風景が
紡ぎ出されていきます。
第六節には夜中に用足しに起きて
外に出ると、方々の家で同じように
起き出して声を掛け合うという、
なんとも静穏な情景が展開されます。
もう一つは、
「博物誌」が身近な自然の
一こま一こまを、丹念に観察して
綴ったものであるように、
本作はブルゴーニュ地方の豊かな自然を
そこここにいくつも
ちりばめているのです。
「白楊は、梢に、狼の頭のように
突っ立った鵲の古巣をつけ、
空にかかっている雲、
蜘蛛の巣よりも細い雲を、
掃いているかのよう。
鵲はと見ると、
遠くには行かないで、地上を、
脚を組合わせるようにして
跳ねまわり、やがて真直ぐな、
例の機械仕掛けのような飛び方で、
一本の木に向かって飛んで行く」。
その豊かな自然を
余すところなく読み手に伝えようとする
精緻な表現が続きます。
起伏に富んだ筋書きや
強烈な個性を持った人物が
登場しなくとも、
本作品は十分に読み応えがあります。
かつて芥川龍之介が、その著書
「文芸的な、余りに文芸的な」の中で
「一見未完成かと疑はれる位である。
が、実は「善く見る目」と
「感じ易い心」とだけに
仕上げることの
出来る小説である」と
激賞したように、本作品は
極めて高い文学性を有しているのです。
科学者の眼で見て、
子どもの心でとらえ、
詩人の筆で表す。
そんなルナールの至高の逸品、
いかがでしょうか。
※本作品は「ぶどう畑のぶどう作り」の
中の一篇です。
(2021.7.5)
【青空文庫】
「ぶどう畑のぶどう作り」
(ルナール/岸田国士)
「文芸的な、余りに文芸的な」
(芥川龍之介)
※ルナール作品の記事です。
※ルナールの本はいかがですか。
※「文芸的な、余りに文芸的な」は
こちらに収録されています。