「百万円煎餅」(三島由紀夫)

最後のわずか2頁で腰を抜かします。

「百万円煎餅」(三島由紀夫)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

「百万円煎餅」(三島由紀夫)
(「花ざかりの森・憂国」)新潮文庫

健造と清子の夫婦は
堅実な生活を送っている。
ほしいものは月賦ではなく
貯金を貯めて
買うようにしているし、
子どもも計画出産を考えていた。
そんな二人は、
ある日立ち寄った玩具売り場で
「百万円煎餅」を
衝動買いしてしまう…。

どのくらい堅実か?
「夫婦はかねがね一心に貯えている
 貯金の通帳をいくつかに分けて、
 それにX計画Y計画Z計画などの
 名を与えていた。
 子供は絶対に計画的に作るべきで
 X計画の貯金額が
 達成されるまでは、
 どんなにほしくても
 我慢しなければならなかった。」

当時の三種の神器である
洗濯機・テレビ・冷蔵庫も、
「A計画B計画C計画の達成のとき
 はじめて現金で買う」
ように
しているのです。
そして目標額が達成されたあとは
「まず型録を取り寄せ、
 各社の製品を比較し、
 使った人の意見を
 万遍なくき」
くという
周到さなのです。

そんな無駄遣いすらしない堅実夫婦が
3枚50円の「百万円煎餅」など
買ったものですから、
少しだけ気持が大きくなります。
いつもなら見向きもしない
「海底二万哩」という見世物にも
入っていきます。
見終わったあとは
「これで四十円なんて
 ばかにしてるわね」

やや後悔しているのですが。

つつましやかな夫婦が
一時のささやかな贅沢を楽しむ、
ほのぼのとした短編小説。
…と思って読み進めると
最後のわずか2頁で腰を抜かします。
夫婦はとんでもない副業を
持っていたのでした。
「あんた方、本気でやって頂戴よ。
 今夜気に入ってもらえば、
 上品なお得意もふえることだしね。
 まああんた方ぐらい
 イキの合ったのも少ないから」

その「副業」が一体何なのか
一切記述はありません。しかし
斡旋している「おばさん」の台詞や、
そのおばさんが
玄関の張り番をしていること、
客をタクシーで回り道させて
場所を特定させないように
していることなどから推察すると…。

大人一人40円の見世物を
高いと感じるほど倹約している
真面目な夫婦も
5000円の祝儀をもらえる
いかがわしい「副業」に
何らの問題も感じていません。
私たちの生活に
「金」が大きな力を持ち始めた
1950年代の物語です。

夫婦が買った「百万円煎餅」は、
高度経済成長に伴って始まった
「拝金主義」の象徴なのかも知れません。
健造は「副業」のあと、
残った煎餅1枚を
引き破ろうとしますが、
「引き破ろうとするそばから
 柔かくくねって、
 くねればくねるほど
 強靱な抵抗が加わり、
 健造はどうにもそれを
 引き破ることができなかった」

三島由紀夫の傑作短篇をどうぞ。

(2021.7.11)

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