「お守り」(山川方夫)①

自分自身の存在の確かさ

「お守り」(山川方夫)
(「夏の葬列」)集英社文庫

「お守り」(山川方夫)
(「親しい友人たち」)創元推理文庫

「君、ダイナマイトは
要らないかね?」と
持ちかけられた「僕」。
彼はそれをお守りとして
持ち歩いているのだという。
その理由を彼は語りはじめる。
ある夜の飲み会の帰り道、
ぼくとそっくりの男が
団地のぼくの部屋へ
入っていった…。

彼・関口二郎の語る、
ダイナマイトをお守りにしている理由が
本作品の肝となっています。
自分とそっくりな男が
自分の部屋に入っていったことと
ダイナマイトがどう関係するのか?

関口ははじめその男を妻の愛人と思い、
そっと部屋の様子をうかがいます。
すると妻は
「二郎さん…。」と話しかけている。
男はそれに頷いている。
あたかもそこにもう一人の自分が
いるような雰囲気に驚き、
部屋の扉を開けて踏み込むと…。
そこにいたのは自分と同じような年齢、
同じような背格好の黒田次郎という男。
同じ団地の棟違いの
同番号の部屋に住んでいていて、
酔って間違えたのだという。

彼はそこから、自分自身の
存在の確かさに疑問を感じたのです。
同じ団地に住む人々は、
入居資格のためにほぼ同じ年齢、
同じ年収の人間が集まる。
もしかしたらほかにも
自分とよく似た人間たちが
大勢いるのではないかという
不安を感じるのです。
「みんな似たりよったりの
 人間たちの集団の中で、
 ぼくは板の間にあけられた
 小豆粒のうちの、
 その一粒のように、
 いまに自分でも自分を
 見分けられなくなって
 しまうのではないのか?」

関口がダイナマイトを
お守りにしたのは、
自分の存在の唯一性を
常に確認するためでした。
「ぼくは任意の一点なんかではない。
 ぼくはぼくという、
 関口次郎という特定の人間、
 絶対に誰をつれてきても
 代用できない一人の人間なのだ」

そんなものを持たなくても、
自分らしさを発揮する方法も
確認する方法も
いくらでもあるだろうに…、
せっかく団地に入居できたのに
幸せを感じられないなんて…、とも
思います。
しかし本作品が書かれたのは1960年。
日本の人口がまもなく1億を
突破しようという人口増の時代です。
高度経済成長で豊かさを得た代償に、
一人一人の確かな人間性が失われてゆく
恐ろしさが描かれています。

最後はもちろん
さらなる衝撃が待ち構えています。
持ち始めてたった1週間で
ダイナマイトが
必要なくなったのですから。
34歳で亡くなった鬼才、
山川方夫の切れ味鋭い一編です。

(2021.7.14)

【青空文庫】
「お守り」(山川方夫)

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