「右大臣実朝」(太宰治)

登場人物のどこかに太宰自身が顔を出すのが常です

「右大臣実朝」(太宰治)
(「惜別」)新潮文庫

おたづねの
鎌倉右大臣さまに就いて、
それでは私の
見たところ聞いたところ、
つとめて虚飾を避けて
ありのまま、
あなたにお知らせ申し上げます。
間違ひのないやう、
出来るだけ気をつけて
お話申し上げるつもりでは
ございますが…。

戦時中の1943年に太宰治が著した
長編作品「右大臣実朝」。
「吾妻鏡」を下敷きに、
鎌倉幕府三代将軍源実朝の生涯を
小説化したものです。

頼朝急逝により、
十八歳で二代将軍となった源頼家。
その四年後に頼家が追放され、
弟・実朝は十二歳で
将軍職を継ぐことになります。
しかし実朝は武人よりも
風流人として生きたのです。
官位の昇進も早く、
武士として初めて右大臣に
任ぜられたのですが、その翌年に
鶴岡八幡宮で頼家の子・公暁に
暗殺されます(これにより
鎌倉幕府の源氏将軍は断絶)。

こうした史実を予備知識として得た上で
読まなければ理解できない作品です。
しかし単なる歴史小説を
太宰が書くはずがありません。
太宰作品は、登場人物のどこかに
太宰自身が顔を出すのが常です。
では、どこに?

一人は主人公・実朝です。
前半部では聡明で涼しげな人物として
描かれます。
多くを語らず、
語る言葉は簡潔で明瞭です。
政務能力も高く、
紛争が起きても慄然と決裁する
見事な手腕です。
しかし冒頭部で気になる台詞を
太宰はこの人物に吐かせています。
「アカルサハ、
 ホロビノ姿デアラウカ。
 人モ家モ、
 暗イウチハマダ滅亡セヌ」

その言葉通り、彼は次第に酒に溺れ、
管弦の遊びに溺れ、政務を滞らせ、
終末を迎えます。

もう一人は実朝を殺害する
甥・公暁です。
枯れ葉終末部で登場するやいなや
「死なうと思つてゐるのです。
 死んでしまふんだ」
「自分で自分がいやになつて
 いやになつてたまらない」
「蟹を食べてゐるうちは、
 発狂してゐるみたいな
 気持になるんだ」

太宰そのままです。

実朝は、
作家・太宰と考えることができます。
高い文学的センスで、
若い段階から誰にも真似のできない
独創的な作品を次から次へと
生み出した作家としての太宰は、
その姿が天才的歌人・実朝と
重なるところの多いように感じます。
一方、公暁は、
人間・太宰とみるべきでしょう。
半ば精神に異常を来し、
死に向かって歩み続けているからです。
だとしたら、本作品は、
人間・太宰である公暁が
作家・太宰である実朝を殺害し、
源氏の血筋が絶えたように
「太宰治」をこの世から消滅させる、
そんな構図に見えてきて
仕方がないのです。

歴史という過去を題材にしながら、
自身の死という未来を予見させる
作品であり、
太宰を考える上で無視できない
一作品です。
太宰好きのあなたにお薦めします
(歴史小説好きな方には
お薦めできません)。

※そういえば2022年の
 NHK大河「鎌倉殿の13人」は、
 このあたりが筋書きに
 盛り込まれるはずです。
 本作品にも北条義時(作品では
 領地を指した「相州」で
 書かれている)が登場しています。
 年内に一読し、
 来年の大河に備えましょう
 (私は観ないのですが)。

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(2021.7.24)

kordula vahleによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「右大臣実朝」(太宰治)

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