限りない尊敬の念で綴られた一編
「レナ・ヴィース」
(シュトルム/関泰祐訳)
(「百年文庫021 命」)ポプラ社

少年時代の「私」の、
かけがえのない友人の
パン屋の娘レナ・ヴィース。
彼女は幼い頃にかかった
疱瘡の跡さえなければ
美しい女性であったに違いない。
未婚で通したが、
彼女の半生は
つつましやかでありながらも
幸せなものであった…。
代表作「みずうみ」で知られる
ドイツの作家・シュトルムの
短篇作品です。
「みずうみ」同様、
大きな事件が描かれるのではなく、
叙情的で静かな物語が
紡ぎ出されています。
ここに描かれている女性・レナは、
特別な生き方をしたのでも、
数奇な人生を歩んだわけでも
ありません。
およそ物語にはなりにくい、
ごく平凡な一生を送ったに過ぎない
女性なのです。
描かれていることを
ざっとあげてみると…。
パン屋の娘であり、
牛小屋で乳搾りなどの仕事を
手伝っている。
「私」の少年時代ですでに
三十歳を少し越えている。
話の尽きない陽気な性格である。
道徳的に清廉であり、
「私」にも無言でそれを教えてくれた。
やがて両親が亡くなり、
彼女は独りぼっちになった。
しかし親類の女の子を
養女にむかえた。
老いた後は、若い親類が
彼女を母親のように慕ってくれた。
不治の病を得て、それでも
気丈に生き続け、そして逝った…。
これが小説として成立しているのは、
語り手の「私」が
限りない尊敬の念を持ちながら
綴っている構成だからでしょう。
自分よりもだいぶ年上であり、
人生の大切なことを
さりげなく教えてくれた人なのです。
彼女は本で読んだ話であれ、
自分の経験談であれ、
人から聞いた話であれ、
すばらしく面白く語ることができる、
「話」の才能があったのです。
そしてつねに気勢のある
生き方をしていました。
病(おそらくは癌)に侵されながらも
快活に振る舞います。
衰弱しているのに、
近所の子どもがいじめられていると
路地へ駆け出したりもするのです。
そうです。
大きな幸せは訪れませんでしたが、
実直で誠実な人生でした。
平凡だったかもしれませんが、
前向きで気概のある人生でした。
それが彼女の人生なのです。
そして本作品はレナ・ヴィースという
一人の女性の生き方に共感し、
その人柄を慕い続けている「私」の、
限りない愛情に満ちたまなざしに
貫かれた作品なのです。
ささやかな人生でもいい、
それを認めて
覚えていてくれる人があれば…。
そんな思いにさせてくれる、
素敵な一編です。
(2021.7.29)

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