謎の多い「犯人当て小説」
「黄金の花びら」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説コレクション
②迷宮の扉」)柏書房
「黄金の花びら」(横溝正史)
(「聖女の首」)出版芸術社
午前二時の深夜、
竜男と由紀子は
勇気を出して物音のする
書斎の様子をうかがう。
部屋の中では、
巷で騒がれている百蠟怪盗が
窓から逃げようとしていた。
威嚇のために
竜男は猟銃を放つが、
怪盗は背中を打ち抜かれて
死んでいた…。
横溝正史の旧角川文庫未収録の
貴重な短篇ジュヴナイルです。
なぜ貴重か?
未収録作品の中でも
金田一耕助の登場する作品だからです。
帯裏の説明によると
「金田一耕助登場の犯人当て小説」と
あります。
確かに謎解きの要素が
盛りだくさんです。
【主要登場人物】
竜男
…中学二年生。
叔父・丹羽博士の家に宿泊中。
丹羽由紀子
…竜男の従妹。丹羽博士の娘。
丹羽博士…仏像の研究者
百蠟怪盗…巷間を騒がす怪盗。
堀川…丹羽博士の助手の青年。
黒沼博士…博士宅の客で宿泊中。
古川緑泥…博士宅宿泊中の小説家。
本作品の謎解き要素①
犯人は一体誰か?
その前に何の「犯人」?
「犯人当て小説」というくらいですから、
謎解きは「犯人は誰か」というもので
あるはずです。
しかしながら百蠟怪盗が即死し、
その正体が助手・堀川であることが
早々に明らかになります。
この時点では「犯人は誰?」という
謎解きは成立しません。
竜男の無実が確定してはじめて
「怪盗を殺した犯人は誰?」という
謎解きになるのです。
でも、
怪しいのは二人しかいませんので、
実はこの点については
「謎」にはならないのです。
本作品の謎解き要素②
竜男の撃った弾は当たったのか否か?
したがって本作品の本当の謎解きは、
威嚇のために当たらないように
撃ったはずの竜男の弾が
当たってしまった、
その謎の解明にあるのです。
当たっていないことは確かです。
当たっていれば
無抵抗の犯人を撃ったのですから、
竜男の逮捕は免れません。
本作品の肝は、
誰がいかにして竜男の無実を
証明するかという謎解きなのです。
本作品の謎解き要素③
金田一耕助は一体どこに?
上に記載した主要登場人物一覧には、
あえて金田一耕助の名前を
入れませんでした。
金田一耕助はなかなか登場しません。
名前が登場するのは
最後から数えて6行目。
最後の最後に
正体が明かされるのです。
では金田一が扮しているのは誰?
これも本作品の謎解きといえます。
さて、「犯人捜し」と考えると、
途中までは「何の犯人?」と、
読み手は困惑してしまいます。
前述したように、
「犯人捜し」は竜男の無実が証明されて
はじめて成立し、
証明された段階では怪しいのは
二人に絞られてしまうからです。
本作品が掲載された雑誌には
一体何と書かれていたのか?
無茶を承知で
「犯人捜し」をさせたのか?
それとも雑誌では単に
「謎解き」となっていたものを、
本書の編集者が記載ミスをしたのか?
それが一番の「謎」です。
(2021.7.30)
〔追伸〕
なんと先日発売された
「横溝正史少年小説コレクション
②迷宮の扉」の巻末に、
その「一番の謎」についての
解説が載っていました。
雑誌での読者への告知は
以下のようになされていたのでした。
「問題 堀川青年をうった犯人は、
だれでしょうか。
犯人の名まえと、そのわけを
かんたんに答えてください。
(この小説をよく読むと
すぐわかります。)」
なお、懸賞の賞品は
二色シャープペンシルだったようです。
今度はそのシャープペンシルが
どんなものだったのか、
新たな「謎」が生まれてきました。
もしや横溝正史サイン入り?
そんなはずはないか。
(2021.7.30)
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