疑問は次から次へと湧き出てきます
「牧草」(安部公房)
(「夢の逃亡」)新潮文庫
「私」が受け取った
「彼」からの手紙には、
自らの手落ちで
妻を死なせてしまった顛末が
綴られていた。
一年前に偶然出会い、
話をしただけの「彼」、
恐ろしいほどの無口な「彼の妻」。
二人の間に一体何が?
「私」はもう一度「彼」に会いに…。
難解な主題の多い作家・安部公房の
初期の短篇です。
筋書きそのものは、
誤って大量の精神安定剤を
誤飲した妻を、何の処置もせずに
その死を看取った男の物語ということに
なるのですが、決して
単なるサスペンスなどではありません。
そこに何が隠されているのか、
ほとんど理解できませんでした。
本作品の謎①
「彼」はなぜ「私」を呼び止めたのか?
出会いは偶然だったはずです。
「私」は十年前まで住んでいた
「家」を見るためだけに、
そこに立ち寄ったのです。
その「家」の住人である「彼」は、
まるで待っていたかのように、
彼を家の中へと案内したのです。
いや、実際「彼」は待っていたのです。
「彼」はそのとき誰を待っていたのか?
もしかしたら「私」を待っていたのか?
あるいは誰でもよかったのか?
「彼」の考える条件に、
「私」が合致していたからか?
偶然ではなく必然だったのか?
疑問は次から次へと湧き出てきます。
本作品の謎②
「彼」はなぜ「私」に手紙を宛てたのか?
その出会いからちょうど一年後、
「私」は件の手紙を
「彼」から受け取ることになります。
そこには「彼」と「彼の妻」との
出会いからはじまり、
「妻」の死の状況が
克明に綴られているのです。
「彼」は真相を打ち明ける相手として
なぜ「私」を選んだのか?
打ち明ける理由は何か?
手紙の末文にある
「結論は…一任」の意味は何か?
そもそも「結論」とはなにか?
疑問は次から次へと湧き出てきて
止まりません。
本作品の謎③
「彼」は一体
誰を殺そうとしていたのか?
再び「彼」と対峙するために
「家」を訪れる「私」。
「彼」は不在だったのですが、
「私」の帰路の途中で、
「彼」は猟銃を構えて待っていたのです。
「彼」は誰を殺そうとしているのか?
「私」なのかそれともほかの誰かなのか?
「私」を殺そうとしているのなら
その理由は何か?
疑問は次から次へと湧き出てきて
ますます膨れ上がります。
本作品の謎④
「家」と「牧草」は何の象徴なのか?
「私」と「彼」の邂逅の
遠因となっているのが、
本作品中に執拗に現れる
「家」と「牧草」です。
その二つはそれぞれ二人を
どう結びつけたのか?
その二つは何の暗喩なのか?
その二つはどう結びつくのか?
「彼」は「私」に「牧草」の何を託したのか?
疑問は次から次へと湧き出てきて
私の思考能力を超越しています。
主人公が不幸な終わり方をしない点が、
後の安部作品との相違でしょうか。
それでも明るい結末では
決してありません。
次から次へと疑問の湧き出る
安部の初期短篇。
大人のあなたにお薦めします。
※「夢の逃亡」収録作品一覧
「牧草」
「異端者の告発」
「名もなき夜のために」
「虚構」
「薄明の彷徨」
「夢の逃亡」
「唖むすめ」
(2021.8.7)
【今日のさらにお薦め3作品】
①漂う死の影
「菊の香り」(ロレンス)
②漂う滅びの影
「外科室」(泉鏡花)
③漂う悪魔の影
「悪魔祈禱書」(夢野久作)
【関連記事:安部作品】
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