子どもたちに自然の驚異と恐ろしさを伝える
「少年と海」(加能作次郎)青空文庫
貧しい漁師の子・為吉は、
「白山が見えるから暴風になる」と
父親に危急を告げる。だが、
忙しい父親は意に介さない。
拍子抜けした為吉は
浜へ降りていき、
家の船の舳先に立って
海を見つめ、やがて来るであろう
嵐を空想していった…。
かつて日本人は、自らの経験をもとに
気象予想をしていたのです。
この為吉少年も豊かな自然の中で
暮らしていたからなのでしょう、
暴風の前触れを感じることが
できるのです。
そうした自然に育まれた少年が
のびのびと生きていく姿を
切り取った作品だろうと思い、
読み進めました。でも…、
そのようなものではありませんでした。
為吉の感じた自然の驚異が、
静かに本人に近づいていきます。
為吉は海を見つめ、
暴風の訪れをイメージし、
「自分で作った恐怖に
おそわれ」ていきます。
「静かな海も、その底には
恐ろしい大怪物がひそんでいて、
今にも荒れ出して、天地を
震撼させそうに思われました。
耳をすますと
遠い遠い海のかなたが、
深い深い海の底に、
轟々と鳴り響いているような
気がするのでした。」
そしてその恐怖にとりつかれるあまり、
「自分が今どんなところにいるかと
いうことも忘れてしま」うのです。
「じっと耳をすましていると、
どこかに助けを呼び求めている声が
空耳に聞えて来るのでした。
幾人も幾人も、
細い悲しげな声を合せて、
呼んでいるように
為吉の耳に聞えました。」
ついにはその恐怖は、
為吉の頭の中の想像ではなく、
本物となってしまいます。
「きわだった大きな波が、
二三畝どこからともなく起って、
むくむくと大蛇が横に這うように
舟の舳へ寄って来たかと思うと、
小舟は一斉に首をもたげて
波の上に乗りました。」
本作品は、児童文学雑誌
「赤い鳥」に収録された作品です。
作者・加能作次郎は、そして
編集者・鈴木三重吉は、
なぜこのような少年の死を描く作品を
「児童向け」としたのか?
考えられるのは、
自然の驚異と恐ろしさを
伝えるということです。
時として牙をむいて
人間に襲い来る自然。
それをしっかり認識することも
子どもたちには必要と考えていたのでは
ないかと思われます。
東日本大震災の津波で命を失った
多くの子どもたちのことを
考えてしまいました。
自然の美しさとともに恐ろしさも
子どもたちに
伝えていかなくてはなりません。
(2021.8.10)
【青空文庫】
「少年と海」(加能作次郎)
※紙媒体で入手が困難になっている
加能作次郎作品は、青空文庫で
以下の作品が公開中です
(2021年8月現在)。
「恭三の父」
「乳の匂ひ」
「厄年」
「世の中へ」
「早稲田神楽坂」
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