「盛り込みすぎ」て「消化不良」を起こしているのです
「殺人暦」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑤」)柏書房
「殺人暦」(横溝正史)
(「殺人暦」)角川文庫
存命中に死亡広告を出された
五人の男女。
それはまさしく殺人予告だった。
五人は探偵・結城三郎に
捜査を依頼するが、
その場に現れたのは
結城そっくりに扮した
怪盗・隼白鉄光だった。
どうやら五人には
他人に知られたくない秘密が…。
昭和六年に発表された、
横溝正史初期の中篇作品です。
私にはこの作品がとても愛おしいものに
感じられてなりません。
なぜなら…、駄作だからです。
巻末の解説にも
書かれてあることなのですが、
「盛り込みすぎ」て
「消化不良」を起こしているのです。
【主要登場人物】
仙石雷蔵
…宝石商人。
死亡広告を出された一人。
神前伝右衛門
…実業家。死亡広告を出された一人。
紫安欣子
…四十代後半の女優。
死亡広告を出された一人。
服部新一
…三十前後の青年紳士。
亡くなった政治家の息子。
死亡広告を出された一人。
樺山冴子
…十八九の令嬢。
亡くなった元警視総監の娘。
死亡広告を出された一人。
結城三郎
…警視庁の探偵。
隼白鉄光
…怪盗。人殺しを嫌う。
事件に首を突っ込む。
奈美江
…蛇屋敷の番人の娘。
「盛り込みすぎ」の「消化不良」①
破綻する「殺人暦」
過去に悪行を犯した五人
(うち二人はその血縁者)を、一人ずつ
血祭りに上げるという「殺人暦」。
一人目の犠牲者は予告どおり、
しかも観衆の眼前で
ものの見事に殺害されました。
これがあと四人続くとすれば、
次の犠牲者はどんな方法で?と
興味津々読み進めると
肩透かしを食らいます。
順番も日付も無視して
殺人が行われるという
反則技が起こるのです。
「盛り込みすぎ」の「消化不良」②
弱すぎる「名探偵」
名探偵・結城三郎と怪盗、
そして殺人鬼の三つ巴の戦いか?
その期待は早々に裏切られます。
初登場場面は怪盗に眠り薬を盛られて
秘密の会合に遅刻、
その後も失態を続けたあげく、
途中からまったく現れません。
弱すぎる「名探偵」が筋書き上、
機能不全に陥ってしまうのです。
「盛り込みすぎ」の「消化不良」③
位置づけ不明の「怪盗」
そもそも「怪盗」がこの事件に
首を突っ込む理由が見当たりません。
興味本位で参戦しているのですが、
世話の焼きすぎでは?という思いが
どうしても起こります。
これだけ事件解決に奔走するなら
「名探偵」で登場させても
良かったのではないかとも思います。
そして神出鬼没でありながらも、
袋詰めにされて海中に沈められたり、
監禁されて
毒ガス攻めに遭わされたりと、
有能なのか無能なのか
はっきりしません。
この位置づけ不明キャラクターが、
読み手をミスリードへと
導いてしまうのです。
そのほかにも監禁された怪盗が
脱出できた説明が抜け落ちていたり、
関係者であればすぐにわかる真犯人が
最後まで「謎」であったり、
どうやって犯罪に加担する部下を
雇い入れたか不自然すぎたり、
最後であっけなく真犯人が自滅したり、
欠点をあげていけば
きりがないであろう作品なのです。
本作品を「傑作」と呼ぶ人は
いないと思います。
十中八九、
「駄作」と判断される作品です。
しかし…、思うのです。
相手を一人ずつ始末する手法は
「獄門島」や「八つ墓村」、
「犬神家の一族」などに繋がっています。
弱すぎる名探偵は、
後の等々力警部のような
名探偵のサポート役に形を変えて
存在感を得ています。
義侠心ある怪盗の存在は、
乱歩の「怪人二十面相」の
ヒントとなったと
考えることもできます。さらには
「蛇屋敷」「血の復讐劇」「悪魔の祭壇」
「刺青に隠された暗号」等々、
本作品に凝縮されている
「ミステリの要素」は、
後の横溝作品に見られる
「おどろおどろしさ」の
萌芽に違いないのです。
若かりし横溝はこのとき、
自身の頭脳に渦巻く「ミステリの要素」を
裁ききれなかったのではないかと
思うのです。
それらが結実するまでには
もう少し時間が必要だったのでしょう。
そう考えると、
本作品は後の傑作作品群の、
かわいい「幼少期の姿」のように
見えてきてなりません。
しかも旧角川文庫の
作品集の表題として採用され、
今また柏書房刊の
作品集のタイトルにもなり、
駄作でありながらもそれなりに
目立ってしまう作品なのです。
余計に愛しく思えてきます。
本作品を愛でることのできる人は、
間違いなく熱烈的な
横溝ファンであるに違いありません。
そんな本作品を、読んでみませんか。
※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
⑤殺人暦」収録作品一覧
富籤紳士
生首事件
幽霊嬢
寄せ木細工の家
舜吉の綱渡り
三本の毛髪
芙蓉屋敷の秘密
腕環
恐怖の映画
殺人暦
女王蜂
死の部屋
三通の手紙
九時の女
(2021.8.13)
【今日のさらにお薦め3作品】
①女子高生気分で
「蹴りたい背中」(綿矢りさ)
②過激な日本語を
「くっすん大黒」(町田康)
③知られざるイタリア文学
「月を見つけたチャウラ」
(ピランデッロ)
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