「夢の兵士」(安部公房)

「狂気」に彩られた「知らぬ間の立場の逆転」

「夢の兵士」(安部公房)
(「無関係な死・時の崖」)新潮文庫

村の老巡査のもとに連絡が入る。
この地で耐寒訓練をしていた
一隊から脱走兵が
逃げ込んだというのである。
通達は村中に届き、
すべての家は
戸に心張り棒をあてがい、
警戒した。
老巡査だけは
何かを待ち受けるように
起きていた…。

文庫本にして
わずか14頁の短篇ですが、
そこに安部公房の世界が
凝縮されています。
「知らぬ間の立場の逆転」とでも
いえるでしょうか。

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「知らぬ間の立場の逆転」①
「得ようとする者」と「失う者」の逆転

この老巡査は他の地域から
この地に住み着いているのです。
ほかに身よりもないのでしょう、
退職後もこの地に居座り、
どこかの地所を持った後家と
一緒になって老後を豊かに暮らそうと
画策しているのです。
戦争によって後家になった女地主が
すでに三人、
このあともそうした後家が増え、
その中で息子たちも
死に絶えた家があれば…。
彼はそんな皮算用をしている
「得ようとする者」だったのです。
しかし彼は「失った者」として
最後には村を去ります。

「知らぬ間の立場の逆転」②
追跡者と逃亡者の逆転

彼は巡査という立場であり、
村の治安を守るために真っ先に
脱走兵を捜索しなければならない
「追跡者」であるべきでした。
しかし彼は「報告は受けたが
命令は受けていない」として
「傍観」に徹します。
その結果、彼は追われるように、
まるで「逃亡者」のように
村を去るのです。

「知らぬ間の立場の逆転」③
夢と現実の逆転

本作品冒頭と終末には
一編ずつ詩が添えられています。
冒頭には
「夢も凍るような 寒い日に
 私はこわい夢をみた
 夢は帽子をかぶって出ていった
 昼さがり…
 私はドアに 鍵をした」

終末には
「夢もとけるような 暑い日に
 私はおかしな夢をみた
 帽子だけが戻ってきた
 昼さがり…」

夢であればいいと思っていた
老巡査の願いは、
厳しすぎる現実として突きつけられ、
簡単に手に入れられると計算していた
生活の安寧は、
砂の楼閣のように簡単に崩れ去ります。

背景にあるのは「狂気」でしょうか。
戦争という「狂気」、
軍隊という「狂気」、
雪に閉ざされた狭い「村」という「狂気」、
そうしたものが
至る所にちりばめられています。

こうした逆転は何を境に起きるのか?
もちろん脱走兵の足取りが
明らかになった段階で起きるのです。
詳しくは…、
ぜひ読んで確かめてください。
安部公房の「狂気」に彩られた
「知らぬ間の立場の逆転」。
短篇ながら読み応え十分です。

※本書「無関係な死・時の崖」
 収録作品一覧
「夢の兵士」(本作品)
「誘惑者」
「家」
「使者」
「透視図法」
「賭」
「なわ」
「無関係な死」
「人魚伝」
「時の崖」

(2021.8.14)

Kranich17によるPixabayからの画像

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