メアリはどうするか?何と家から…
「メアリ・ポストゲイト」
(キプリング/橋本槇矩訳)
(「百年文庫086 灼」)ポプラ社
ミス・ファウラーの付添婦として
雇われたメアリ。
彼女はファウラーの甥・
ウィンとも打ち解けて
生活していた。
やがて戦争が始まり、
ウィンは飛行機事故で
命を落とす。そんな折、
彼女は庭に異国人の男が
倒れているのを発見し…。
戦争の悲劇を描いた文学作品は
数多くあれど、
本作品はきわめて異質です。
本作品には直接的に
戦争を描いている部分はありません。
物語の舞台には
まだ戦火が及んでいないのです。
強いて言えば、日常生活の中に
すっと紛れ込んできたかのような
戦争被害が描かれているのです。
問題となる場面は、
家の庭の樫の木の根元に
うずくまっている、
瀕死の敵国兵を発見してからです。
誠実なメアリはどうするか?
実はその数時間前に、
近所の9歳になる女の子が、
飛行機から落とされた爆弾で
死亡する事件が起きているのです。
親しかったウィンが
戦争によって亡くなり、
今また顔見知りの女の子が
犠牲になった。
おそらくはその原因を
つくったであろう敵兵が
目の前で重傷を負っている。
良心的なメアリはどうするか?
身動きできない兵士は片言の英語で
「助けてくれ、医者を呼んでくれ」と
メアリに懇願する。
優しいメアリはどうするか?
人道的な展開になることを
疑いもせずに読み進めると、
メアリは何と
家から拳銃を持ち出して…。
誠実だからこそ、
犯罪者を見逃すことができなかった。
良心的だからこそ、
敵を許せなかった。
優しいからこそ、
女の子の仇を取りたかった。
そうなのです、
これは復讐劇だったのです。
自分の身近な人たちが
相次いで死んでいるのですから、
敵愾心をむき出しにした
メアリの行動の方が、
もしかしたら人間の感情として
自然なのかもしれません。
戦争とは、
誠実で良心的で優しいメアリさえも
殺人者にしてしまうのでしょうか。
何とも複雑な心境に陥りました。
敵国兵の死亡を確認したのちの
メアリは…。
「たっぷりと熱い風呂につかって、
家の者を呆れさせた。
彼女は着替えて
階上から降りてきた。
ミス・ファウラーは向かいのソファに
すっかり寛いでいる彼女を見て
『とてもきりりっと
しているわね』と言った」。
これもまた
戦争の異常性なのでしょう。
何とも異質な戦争文学。
キプリングの「恐ろしい」作品です。
(2021.8.19)
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