解答のない難問を解こうとする感覚に似ている
「異端者の告発」(安部公房)
(「夢の逃亡」)新潮文庫
「僕」は「僕」自身を告発するが、
誰からも相手にされない。
「僕」は自ら殺人を
犯すことによって
世間の注目を集め、
裁判にかけられることを望む。
そして殺害する相手として、
酒場で出会った「厭な男」を選ぶ。
だが、その男の正体は…。
昭和23年に発表された、
安部公房初期の短篇です。
本作品が何かの寓話であることは
間違いないのですが、
登場する人物や背景が
いったい何を表しているのか?
例によって難解な作品です。
本作品の難解さ①
「僕」が「僕」を裁くことの表すもの
冒頭から難解です。
「僕」は精神病院に
収監されたらしいのですが、
それを不服として
「裁かれること」を望むのです。
弁解も反論も許されずに
精神病院に閉じ込められることよりも、
自分の見解を世の中に公表し、
正当に裁かれた結果として
監獄に送られたいということでしょう。
しかし「僕」は何を裁かれたいのか?
どう裁かれたいのか?
裁判で何を申し立てしたいのか?
「僕」が自身を指していう
「人類の敵」とはどういうことなのか?
一向に要領を得ません。
本作品の難解さ②
「僕」が「僕」を殺害することの表すもの
「僕」が殺害しようと決めた、
酒場で出会った「厭な男」。
その正体は「河向うの下町の
広場に立っているあの銅像」の人物、
すでに死んだ「市長X」であり、
「陪審員X」であり、
しかもその容貌は
「僕」とそっくりであり、
(おそらくは)「僕」自身であるのです。
つまり「僕」は「僕」を
抹殺しようとしていたのです。
いったい何のために?
そして「市長」および「陪審員」の
肩書きの表すものは何か?
Xの銅像の表すものは何か?
またしても一向に要領を得ません。
本作品の難解さ③
新旧二つの町の表すもの
本作品には二つの町が
舞台として用意されています。
「僕」が現在住んでいる町と、
「河向うの下町」の二つです。
問題は後者です。
「百年前とそっくりに保存」された
「世界一の煤けた町」という
説明がなされています。
しかも「給水塔ができてから
人々が定住しなくなった」
「市長が時間を停止した」という
謎めいた説明まで
登場人物の口から語られます。
これらはいったい何を表しているのか?
二つの町の対比が表すものは?
やはり一向に要領を得ません。
安部公房の作品を読む作業は、
解答の存在すらはっきりしない
超難問を解こうとする
感覚に似ています。
答えにたどり着くこと以前の、
難問に立ち向かうこと自体に
意義があるような気がしています。
※冒頭で「昭和23年に発表された」と
書きましたが、昭和43年に
大幅な修正がなされた上で
本書「夢の逃亡」に
収録されています。
※「夢の逃亡」収録作品一覧
「牧草」
「異端者の告発」
「名もなき夜のために」
「虚構」
「薄明の彷徨」
「夢の逃亡」
「唖むすめ」
(2021.8.21)
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