都会ならではの闇が描かれた作品
「夜の黒豹」(横溝正史)角川文庫
ホテルで殺害された娼婦の胸には
マジック・インキで描かれた
一匹の蜥蜴が。
犯人と目される男は、
全身黒ずくめの
猫のような男だった。
次には十五歳の少女が
同じように蜥蜴の紋章を刻まれて
殺害される。
蜥蜴は何を意味するのか…。
東京を舞台とした
金田一耕助の探偵譚です。
地方を舞台にした作品のような、
横溝正史特有の「おどろおどろしさ」は
ありません。
ですが、都会ならではの闇が描かれた
作品といえましょう。
味わいどころはずばり、
その「都会の闇」なのです。
【事件簿File-074「夜の黒豹」】
〔事件発生〕
昭和35年11月~36年1月(東京)
〔依頼人〕
岡戸竜平
…実業家。
息子・圭吉が事件の容疑者となり、
事件途中からその真相解明を
金田一に依頼する。
〔捜査関係者〕
加納警部補…高輪署警部補。
辰野刑事・田所刑事…高輪署刑事。
稲尾警部補…代々木署警部補。
牧野警部補…向島署警部補。
町田刑事・浜本刑事…向島署刑事。
樋口警部補…大崎署警部補。
須藤刑事…大崎署刑事。
新井刑事…警視庁刑事。
等々力警部…警視庁警部。
宇津木慎策
…毎朝新聞記者。金田一に協力。
〔事件関係者〕
※ホテル女王における第一の事件関係者
葉山チカ子
…ホテル女王の一室で殺されかけた女。
行方をくらます。
山田三吉
…ホテル女王のベルボーイ。
事件の目撃者。後に殺害される。
北川政俊…ホテル女王の支配人。
高橋…ホテル女王勤務の運転手。
※ホテル竜宮における第二の事件関係者
水町京子
…殺害された娼婦。26歳。
今井陽造…ホテル竜宮のフロント係。
江口勇…ホテル竜宮のベルボーイ。
田村福三
…事件当時、ホテル竜宮の近くで
屋台を開いていたおでん屋の主人。
「猫のような男」の目撃証言をする。
坂上順造
…娼婦の集まる喫茶「ラムール」の
マスター。
マユミ、ナンシー、タツ子、加代子
…「ラムール」を拠り所としている娼婦。
京子の友人。
坂東源太郎
…事件当夜、京子らしい女性を乗せた
タクシー運転手。
※山田三吉殺害事件関係者
山田峯子…三吉の母。
山田孝哉
…三吉の従兄弟で風貌がよく似ている。
三吉と同い年。
尾崎くに子
…三吉の恋人。橋本泰子名で
金田一の捜査に協力する。
麻生武子
…くに子の務める小料理屋のおかみ。
中村進治、安藤健…三吉の友人。
深見新吉…事件の発見者。
※料亭藤乃舎における第三の事件関係者
星島由紀
…殺害された女子高生。十五歳。
佐々木麻耶子
…由紀の母。画家。数年前に事故死。
佐々木裕介
…由紀の父。医師。
坂口貞子
…佐々木家のばあや。
星島重吾
…資産家。麻耶子の亡夫。由紀の実父。
岡戸圭吉
…岡戸竜平の息子。
由紀と関係していた。
エロティック作品執筆の漫画家。
ペンネーム丘朱之助。
岡戸志保子
…故人。竜平の二番目の妻。圭吉の母。
星島重吾の妹。
岡戸竜太郎
…竜平と最初の妻の息子。
圭吉の異母兄。
岡戸珠実…竜太郎の妻。
岡戸操…竜平の三番目の妻。
中条奈々子
…新進女流画家。佐々木祐介と婚約。
磯貝せん…藤乃舎おかみ。
花村スミ子…藤乃舎女中。
※アパート大東館における
少女監禁事件の関係者
服部千恵
…大東館圭吉の部屋で、
全裸で拘束されていた女の子。
黒白学院中学部二年生。13歳。
小田切恭子
…大東館の圭吉の部屋の
隣室に住む女性。
松本玄吉…大東館管理人。
飯塚五郎
…大東館地階の大東ハイヤー支配人。
※その他
猫のような男
…チカ子の同伴者で泉茂樹を名乗る。
第三の事件では神崎俊雄と名乗る。
警察は「青トカゲ」と呼称する。
黒いネットの女
…山田三吉につきまとっていたと
思われる謎の女性。
〔事件の概要〕
①昭和35年11月18日
ホテル女王における第一の事件
葉山チカ子なる女性が、
同伴の「猫のような男」から
首を絞められ失神の上、
全裸で縛られ放置される。
②昭和35年11月25日
ホテル竜宮における第二の事件
娼婦・水町京子が、やはり
同伴の「猫のような男」によって
殺害される。
屍姦の痕跡あり。
③昭和35年12月2日
山田三吉殺害事件
第一の事件の目撃者・山田三吉が
轢殺される。
④昭和35年12月23日
料亭藤乃舎における第三の事件
女子中学生・星島由紀が殺害される。
⑤昭和35年12月24日
アパート大東館における少女監禁事件
アパート大東館において
女子中学生・服部千恵が
全裸で拘束の上監禁される。
⑥昭和35年12月27日
一連の事件の容疑者と目される男の
水死体が東京湾で発見される。
本作品に見られる「都会の闇」①
闊歩する都会の化け物
黒光りのするコートの襟を立て、
艶のある黒いマフラーと
サングラスで顔をおおう
「黒ずくめの怪人」という
怪人をつくりだし、
被害者の胸に「青蜥蜴」を描く。
さらには現代の
「ジャック・ザ・リッパー」の異名を付け、
都会の化物の闊歩を
これでもかと読み手に印象づけます。
地方の事件のおどろおどろしさに
匹敵する「都会の闇」の演出です。
これらが最後には
ひっくり返されるのですから
さらに驚きです。
戦前の横溝作品特有の
化け物キャラの犯罪かと思いきや…。
そこがすなわち「都会の化け物」です。
横溝作品の中でも
きわめて緻密な構成で
練り上げられた作品なのです。
本作品に見られる「都会の闇」②
夥しい倒錯したエロス
第一の事件では、
女の首を絞めて快感を
得る(らしい)というアブノーマル、
第二の事件では、
死後に性交渉を行ったという屍姦、
第三の事件では、
十五歳の少女を弄ぶという性嗜好、
第四の事件では、
十三歳の少女を全裸で縛り上げての
監禁という幼女趣味、
さらには…。
倒錯した性の見本市ともいうべき、
まさに「都会の闇」が
一気に噴出したような事件なのです。
しかしこれが事件に
すべて結びついてくるのですから
見事としかいいようがありません。
とくに最後の「…」は、
犯人特定に繋がるものなのです。
本作品に見られる「都会の闇」③
複雑で煩雑な登場人物
大都会東京だからというわけでも
ないのでしょうが、
登場人物が多すぎて、
メモをとらなければ
頭が追いつきませんでした。
関係も複雑です。
地方の事件であれば
みんなが疑わしいのですが、
東京の事件はみんなが
無関係に思えるから不思議です。
いったい誰が真犯人なのか?
そもそも
この連続殺人事件の目的は何なのか?
このあたりも横溝の周到な計算が
働いています。
もともと本作品は
「青蜥蜴」という短篇作品を、
分量にして約10倍に拡張して
長編化した作品です。
その際、徹底的に細部を練り上げ、
精密機械のような作品として
生まれ変わらせたのでしょう。
精巧すぎて事件の謎解きが
金田一の口から語られない
(作者の説明で終始している)ことや、
決定的証拠がつかめないために
あえて犯人を罠にかけたことなど、
難点がないわけではありません。
しかし本作品は、
そうした些末な欠点を
ものともしないような
緻密かつ重厚な構成の作品であり、
横溝正史の知性と情熱の
結晶といえるのです。
本書はこれまで絶版中だったのですが、
先日角川文庫から復刊しました。
しかも杉本一文装丁画で。
うれしいことに、これから毎月
「魔女の暦」「迷路の花嫁」
「スペードの女王」「扉の影の女」と
5作品連続復刊。
これを機に横溝作品全巻復刊を
期待したいと思います。
(2021.8.27)
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(2024.9.4)
〔本作品の表紙:2つのバージョン〕
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〔横溝正史生誕120年記念〕
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